『魂の暦』第32週、朗読に不向きな翻訳
1912年11月10日~11月16日
Ich fühle fruchtend eigne Kraft
私は感じる、実らせるものとして、自らの力を
Sich stärkend mich der Welt verleihn,
強まりつつ、世界に与えるのを、
Mein Eigenwesen fühl ich kraftend
私の固有存在を私は感じる、力づけつつ
Zur Klarheit sich zu wenden
明瞭さへと自らを向けるのを
Im Lebensschicksalsweben.
人生の運命の織りなしの中で。
1,2行目には装飾句が多く、意味が不明瞭になりがちなので、まず文章の骨組みを明確にしておきます。前半部の骨組みは、
私は、自らの力を、世界に与えるのを、感じる
となります。それに加えて、「自らの力」を「強まりつつ」が修飾します。また、「実らせるもの」は「与える」を修飾していると考えています。はたりえこさんや鳥山雅代さんは、強めることと実らせることをともに「自らの力」を修飾すると解釈されていますので、この点は見解が異なります。
3,4行目の骨組みは次のようになります。
私は、私の固有存在が明瞭さへと向くのを感じる
そこに「力づけつつ」が加わり、これは「私の固有存在」を修飾します。そしてそれらすべてが、「人生の運命の織なし」の中で行なわれます。
3行目の動詞は主語がichなので本来なら1行目と同じに fühle となるはずですが、最後の母音が省略されていると思われ、それによってこの行では母音で終わる単語はなくなります。
最後の行は、日本語で言う「熟語」に相当する幾つかの単語を連結した単語で終わっています。つまり、Leben=人生(生命、営み) + Schicksal=運命 + Weben=織なし です。前の週も特殊な合成単語である Menschen=人間 + Werk=成果(仕事、作品)で終わっていて、そこに関連を感じます。単純には、週が進むことでよりしっかりとしたものに構築されている印象を受けます。
この詩には文法的に謎があります。前後半にそれぞれ fühlen(感じる) という動詞が中心に、
〇〇するのを感じる
という構文で構成されています。その〇〇にあたる第二の動詞が verliehnとwendenです。ところが、verliehnの方はzuのない定形(英語で言うtoなしの不定詞)、wedenはzuを伴った定形(英語で言う to+不定詞)となっていて、形が違います。謎です。
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