2014年8月13日水曜日

「幼児ぬらし絵の会」を始めるために

■ はじめに

幼いお子さんをお持ちのお母さんやお父さんがシュタイナー教育に関心を持ち始めますと、まず、どこかにそうした教育をしている幼稚園がないかを探すでしょう。しかし、身近にそうした施設があるのは、現在の日本では非常に希です。 
そんなときに、ささやかではありますが、シュタイナー幼児教育のやり方を少しだけでも真似て、近所で自分達の子供のために「ぬらし絵の会」を開いてみたらどうでしょうか。場合によって、大人がちょっとだけお手本を示すといいかもしれませんが、基本的には、子供に何も教える必要はありません。色彩体験そのものが子供のとって、喜びとなるからです。そして、ぬらし絵による水彩画は、知的なものに触れる機会が多く硬直しがちな子供の心にやさしくはたらきかけます。シュタイナー教育に関心を持つお母さん2、3人が近くにいれば、すぐにでも始められます。「シュタイナー教育」ということで変にかしこまらずに、take it easy で気楽にやれるといいと思います。 
場所は、公民館や集会所などの公共の場所を借りることもできますし、小人数であれば、参加者の方の自宅で行うこともできます。ただし、水の便がよいところを選びましょう。公民館では「調理実習室」を使わせてもらったこともあります。自宅で行う場合、どうしてもその家主に負担がかかりますから、その点については、お互いによく話し合っておく必要があります。「犠牲的精神」というのは美しくもあり、また、時には必要ですが、あまり長く続きますとつらくなってくるのも事実です。無理や負担が一部に集中しないように、上手に分担しましょう。負担がかかっている人も、ついつい「平気だから」と言ってしまいがちです。しかし、その負担が長く続いても本当に平気かを、自分の中できちんと確認しておきましょう。100mを走るペースで10kmは走れません。 
基本的に、子供にとっては、いつも同じ場所で、いつも同じ手順で、いつも同じ仲間と描けるのが望ましいでしょう。 

■ 必要なもの

画用紙、絵具、筆、画板、絵具皿、筆洗いの瓶、雑きん、スポンジ、ビニールシート、水の便の悪いところでは、10lくらいのバケツ。 

画用紙

画用紙なら何でもよいのですが、ここでは幾つかの可能性をご紹介します。大きさは幼児の場合は、八つ切りでよいと思います。子どもが特に幼い場合には、紙の隅々まで手が届きません。
私は描いたときの色彩体験などの観点から、小学生以上にはA3サイズを薦めます。ただ、シュタイナー学校でも、おそらく経済的事情から、八つ切りの小さな画用紙を使っているところも多いようです。日本でA3の画用紙を使おうとすると、無駄が多く出て不経済です。

★学童用画用紙 
これは紙としては最も安価に手に入ります。主に八つ切りで売っていますのでそれを使います。紙は十分に白いのですが、ぬらしてスポンジでこすりすぎますと、「垢すり」のようになります。このかすが紙面に残っていると、絵にむらができます。また、紙が乾くときに、絵に白い斑点が浮き出し、絵が壊れてしまうこともあります。 

★ワトソン紙 
水彩用の紙としては日本でもっとも一般的で、画材屋さんならどこでも手に入ります。シュタイナー教育を意識したぬらし絵の講座を開いている多くの方が、この紙を使っています。しっかりとした紙です。絵具ののりに若干の問題があり、紙が乾いてくると、一筆毎に色がはげてしまい、絵が作品としては壊れてしまいます。
A3にするには、全紙の大きさのものを購入し、そこから5枚の紙を取ります。近所の画材屋さんで紙を切ってもらえるかを尋ねてみるといいかもしれません。切り残しの半端な紙も、申し出るとくれますので、しっかりもらっておきましょう。カードなどに使えます。A3、1枚当たり70円強です。

絵具

必ず透明水彩を使います。現在、日本では、ホルベイン社、Winsor-Newton社、シュトックマー社などの透明水彩が手に入ります。シュトックマーの絵具を大瓶(250ml)で6色そろえると4万円以上にもなって、「高い」です。しかし、透明水彩としては発色が強く、ぬらし絵にはもっとも適しています。

6色セットの小瓶で始め、黄色(レモンイエロー)などが無くなったら、足していってもよいかもしれません。若干色味が違いますが、黄色は日本製のマッチカラーなども使えます。また、カーマインは、マッチ・ベイシック・カラーの方が優れています。紙への乗りが格段によいのです。それゆえ、「色剥げ現象」も起こりにくくなります。

マッチ・ベイシック・カラーも120ml瓶で売っていて、価格は2862円(2014年現在)だそうです。

面で塗っていくには、平筆が適しています。丸筆ですと、どうしても「細い線で描く」という誘惑がでてきます。筆は毛先が十分に柔らかく、それで適度なコシのあるものを選びましょう。ちょっと硬いとまったく使いにくくなってしまいます。化学繊維の毛を使っているものは、まずほとんど使えません。描くたびに色がはげてしまうこともあります。私は7号程度(幅約 2cm)のデザイン筆を愛用しています。(水彩筆では20号程度)。750円くらいのものから2000円くらいのものまであります。 
弘法大師の末裔でない方は。よい筆を選びましょう。 刷毛は毛が多すぎて絵が非常にびしょびしょになりやすいので、あまり適していません. 刷毛とは、基本的に広い面を塗るための道具ですから。 

保管の仕方が悪かったりすると、筆の毛先が広がってしまったり、曲がってしまったりします。そんなときには、やまと糊などで形を整えながら固めておきます。そうすれば、次に使うときには、毛はまっすぐになっています。 
 

画板

水彩専用の画板でしたら、5mm程度のベニヤ板が一番簡単でしょう。八つ切りの画用紙のためには、300×400mm程度にカットしたものを使います。
ホームセンターなどで、カッティングのサーヴィスのある店に切断をお願いすると簡単です。端をやすりやドレッサー(NTカッター社の商品で「手軽なやすり」です。)で面取りしておくと、子供がそれで刺をさすこともなくなります。ニスなどを両面に塗っておくと、ずっと描きやすくなります。片面だけにニスを塗ると板が反ってきてしまうので、気をつけましょう。 
描いた絵は、ある程度乾くまで画板からはずさない方が仕上がりがきれいです。ですから、一人で何枚かの絵を描く場合には、画板も数枚用意しておくとよいでしょう。子供は2枚や3枚、すぐに描いてしまいます。ですから、子供が3人いたら画板10枚では足りないくらいです。 

絵を乾かすスペースがある場合には、濡れた絵を乾いた新聞紙の上に移し、ドライヤーを使いますと、乾きが速くなります。帰宅を急ぐ場合などは、この方が合理的でしょう。

画板台

必ず必要、という物ではありません。 しかし、子どもは何枚もの絵を描き、置き場に困るときには便利です。 また、公民館などの会場を使っている場合には、時間がきたら絵を持って外にでなくてはなりません。 その時、画板台があればまとめて収納でき、また、まとめて運べます。 そうしたものの一例を紹介しておきます。 これは、10枚収納でき、折りたたむと画板と同じ大きさになります。 ただ、木工所に頼まないと、工作は難しいかもしれません。(この私のアイディアは、その後、地味に広がっています。)

絵具皿

直径95mmの陶器製あるいはプラスチック製の絵具皿があれば、それが一番使いやすいでしょう。一人当たり、3枚必要です。しかし、少量の絵具を入れる容器であれば、別に専用のものを用意することもありません。ガラスの小瓶など、適当なものを探しましょう。ただし、安定したものを選びましょう。こぼしたからといって子どもを叱ってはかわいそうです。結局市販のプラスチック製の絵具皿が使いやすかったりします。  

スポンジ

お金のある人は、天然の海綿を使われるといいでしょう。ドイツの教員養成ゼミナールではマットレスの切れ端のようなものを使っていました。私はセルローススポンジが気に入っています。余分についた水を上手に拭き取れるからです。  筆についた絵具をぬぐうのにスポンジを使う流派もあるようですが、スポンジに色が着いてしまうと、画用紙を濡らすときに使いにくくなります。スポンジは画用紙を濡らすときの専用にし、筆の絵具をぬぐうのは雑きんにまかせましょう。 

筆洗いの瓶

子供には、大きな透明なガラス瓶を用意してあげましょう。筆を洗うときの絵具の様子も、子供にとっては大きな楽しみです。 運搬が伴う場合には、2リットルのペットボトルを高さ15cmくらいに切った物も使いやすいです。

ビニールシート

絵具がこぼれた時の「保険」です。 
 

■ 紙のぬらし方

紙を浸す容器がある場合

八つ切りの紙が平らに入る大きさの容器があると一番簡単です。これは何でもかまいません。家庭でしたら、シンクに水を溜めてもよいですし、風呂桶も使えます。プラスチック製の衣装ケースを使うこともできます。そこに水を張って、紙を1枚1枚、お互いが重なり合わないように入れていきます。紙を水平に対してやや傾けて、水の中に滑り込ませるようにするとよいでしょう。蛇口から水を足すときには、水が画用紙を直撃しないように気を付けましょう。紙が傷むと、絵の仕上がりにムラができます。 

厚手の紙で2、3分、薄いものでしたら数十秒浸したら、画板の上に取り、真ん中から端に向かってスポンジで丁寧に押さえながら、しわができないように貼り付けていきます。ニスなどを塗っていない画板では、画用紙の水分を画板が吸ってしまいますから、画板も少し濡らしてから画用紙をその上に置くようにするとよいでしょう。 

紙を浸す容器がない場合(薄めの紙では有効)

スポンジにしたたるくらいに水をたっぷり含ませて、画板、画用紙の両面を手早く順に濡らしていきます。紙が十分に濡れますと、しだいに伸びてきますので、この時に両手で端を持って持ち上げ、洗濯物を乾かすようにします。こうしますと、紙が伸びてもしわができません。しばらくして紙がこれ以上伸びないと思われたら、紙を画板に張り付けます。 
それでもしわが見えたら、こまめに紙を貼り直し、しわを伸ばしておきます。しわができて、あまり長い時間そのままにしておきますと、しわが伸びにくくなってしまうので気をつけてください。 

しわの取り方

画板と画用紙の間に気泡が入ったり、しわができたりすることがあります。このときに、力ずくでこの気泡を押さえつけようとしてはいけません。最悪の場合、画用紙に折り目がついてしまい、絵を描いても、折り目に絵具が入り込み、変な線が入ってしまいます。面倒でも画用紙を端からすこしはがして、丁寧に押さえつけながら、貼り付け直すようにします。 

絵具の調整の仕方

シュトックマーの基本6色は、青(ウルトラマリーン、インディゴ)、黄(レモンイエロー、ゴールデンイエロー)、赤(カーミン、チノーバー)です。 
これらを混ぜ、ある程度薄めて、描くための基本3色を作っておきます。 
主体になるのはウルトラマリーン、レモンイエロー、カーミンですが、これだけですと色が「硬い」ので、それぞれインディゴ、ゴールデンイエロー、チノーバーを若干混ぜ、印象を和らげておきます。ただし、この配合は、絵のテーマや季節などで多少変わり、当面は、その時の気分で気に入った色になればよいでしょう。 

毎回少しずつ作っていますと、ブレンド毎に色が変わってしまう場合もでてきますから、調合の際には、ある程度の量をまとめて作っておきます。こうしておきますと、毎回、ちびちび調合する手間も省けます。ただし、薄めた絵具は腐りやすいので、プラスチックやガラスの密閉容器に入れて、冷蔵庫に保管します。また、しばらくしますと絵具が底に沈殿しますので、使うときには底の方から十分にかき混ぜて使ってください。密閉容器もいろいろ試して、蓋がネジ式になっている化学試薬を入れるような容器が一番使いやすいことがわかりました。通常の密閉容器ですと、本体と蓋の間にしだいに絵具が固まっていき、やがてその隙間から絵具が漏れ始めます。

■ 時間の流れ

公民館などの場所を使う場合

ぬらし絵の会は、実際に描くのは1時間弱ですが、全体では大体2時間がめどです。 
まず、絵具を調整し、それを小皿(小容器)に分けてそれぞれの子供に1セットずつわたします。ぬらした紙を画板に用意して、準備完了です。
用意をしながら、あるいは皆がスタンバイしたところでお絵描きの歌を歌います。この歌は、東京の南沢シュタイナー子ども園を主催している吉良創さんの作詞作曲です。

七色の虹の橋
光の色の虹の橋
私のところに降りてこい
光の色を連れてこい 
この歌を歌うと、子供は自然に虹の絵を描きたがります。 
回数を重ねるうちに、子供が「今日は描かない」と言い出す日も出てきます。そんな日は、大人が描いて楽しんでしまいましょう。すると子供も自然に描きたくなってしまいます。 
子供にとっては、大人が描いている姿を見るのも大切です。筆の洗い方や雑きんの使い方などを、真似を通して身につけてしまいます。 
子供も、上手な大人の絵を見て「自分もこんな風に描きたい」と思います。そして、もちろん大人のようには描けませんから、それを深く悲しむこともあります。ぬらし絵の会に「上手・下手」の意識が強くあると、子供が不必要な優越感や劣等感を持ってしまうこともあります。ですから、日ごろから、上手・下手を意識させるような言葉は避けましょう。そして、どの絵にも必ずいいところを見つけて、一言、コメントしてあげましょう。「暗いところで、この黄色は本当に輝いているね」、とか「赤と青が一緒になって、こんなにきれいな紫になっているね」といった感じです。 
しかし、自分が思ったように、あるいは大人のように描けなくて、子供が泣き出してしまったら、気の済むまで泣かせてあげましょう。高い目標に向かって流す貴重な涙ですから。ただ、描く意欲が失われないようにしてあげましょう。 
 

絵があまり水浸しにならないように

筆に常に絵具をどっぷりつけて描いていますと、紙が絵具で水浸しになります。こうなりますと、絵具が流れ、絵にはならなくなります。子供の場合には、こうなってしまっても別に注意を与える必要はありません。しかし、子供のお手本となるべき大人は、この初心者の段階は卒業している必要があります。 
さて、描く際には、次のような可能性があります。それぞれどのような表現になるかを確認しておけば、状況に応じて使い分けられます。子供は大人がやっていることを真似しますから、ことさらにテクニックを教える必要はありません。 
  • 筆に、したたるくらいたっぷりと絵具をつけて描く。
  • 筆を、一回絵具皿の縁に押し付け、水気を少し切ってから描く。
  • 絵具に浸した筆を指先で絞ってから描く。
  • 筆にたっぷりと水をつけて描く。
  • 雑きんで筆の水気を十分に吸い取ってから描く。(画面の絵具が少しはがれます)。
大雑把に言ってしまえば、描き始めは水を多めにし、絵をしだいに具象化していくときには、水分をよく切った筆を使うと描きやすいでしょう。はじめから水分の少ない筆で描きますと、くっきりとした色の痕が残りやすくなります。こうした痕ができてしまいますと、それを嫌うがために絵が自由に描けなくなってしまうことが多いようです。 描いたら、画板に置いたままで風通しのよいところにおいて乾かします。ある程度乾くまでには、条件にもよりますが1時間くらいかかりますので、公民館の部屋を借りている場合でも、もうしばらく家には帰れません。ちょっとしたヒントですが、絵がある程度乾いて、絵具が落ちなくなったら、画板ごと絵を重ねてしまうと、乾いたときにしわができにくくなります。
ここで簡単なおやつを用意しておくと、子供も大人もうれしくなります。私のところでは、おやつは毎週同じです。週の同じ曜日に、同じように水彩をして、同じおやつを食べ、そしてちょっと遊んで帰るのです。 
絵具の小皿や雑きんを片づけて、おやつの準備をします。きちんと、お祈りをして、皆で「いただきます」を言ってから、食べ始めます。

大地がこれらをくださいました。
太陽がこれらを実らせました。
愛する太陽、愛する大地、
私たちは決して忘れはいたしません。 

このお祈りは、クリスチャン・モルゲンシュテルンの詩を翻訳したものです。 適切なものがあれば、別なお祈りでもかまいません。ただし、子供にとって親しみやすいこと、毎回、同じものを使うこと、の2点には気をつけてください。もちろん、お祈りなどしない、という選択肢もありますが、これは各自の判断にお任せします。 
食べながら、あるいは食べた後では、大人同士でも話が弾みます。この時間は、語り合うよい機会でもあります。人が何人か集まれば、やれることも増えてきますし、いろいろなアイディアも出てくるので、貴重な意見交換の時間です。
おやつを食べると子供は元気になり、いろいろと遊び始めます。そのために、若干のおもちゃも用意しておくと望ましいでしょう。また、天気がよければ、大人が引率して、散歩に行ってもいいでしょう。残った大人は、その間に絵皿やおやつの食器などを洗って、後片付けをします。絵もある程度乾けば、画板からはずせるので、画板も雑きんでぬぐって、はみ出した絵具をきれいにふきとっておきましょう。散歩から帰ったら、絵も持って帰れるくらいに(望むらくは)乾いています。絵具のついた雑きんは、誰かがまとめて持って帰りましょう。数が多くなれば、洗濯機も活用できます。 
仲間うちの会であっても、若干の入会金や会費を決めておくと、会の運営が楽になるでしょう。絵具代、画板代、画用紙代、おやつ代、等々、共通の会計にしておくとよいものも多いですから。こうしたことが決まっていると、途中から参加されたい方が現れても、すっきりとしたかたちで参加できると思います。また、会費が多少余ってもいいでしょう。水彩画の講習会などがあったときに、参加費をそこから出してもいいかもしれません。誰かが学んできたことも、すぐに共通の財産にできるのですから。もちろん、個々の具体的な部分は仲間同士で話し合って決めます。 

もちろん、描く喜びは他の絵具、他の画材でもありえるでしょう。しかし、この水彩では絵具そのものの色、それらが混ざったときの色が美しく、その「色の美しさ」が描く喜びを倍増させてくれます。「美しく描けた」と満足できれば、それが次の意欲にもつながります。美しい音色が音楽をする心を支えてくれるように、美しい色が子どもの描く意欲を支えてくれます。これは私の実感から、はっきりと言うことができます。
 

■ 【参考図書】

『シュタイナー学校の芸術教育』M・ユーネマン、F・ヴァイトマン著、鈴木一博訳、晩成書房 
この本は、シュタイナー学校の1年生から12年生までの絵画芸術の教育について系統的に書かれた本ですから、さまざまな点で参考になると思います。ただし、すべてのシュタイナー学校で同じように授業されているとは考えないでください。むしろ、この通りにやっているクラスの方が希かもしれません。


なお、挿絵は大阪在住の岩元睦子(ちかこ)さんが描いてくださいました。 

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