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2015年3月15日日曜日

自然認識と水彩:アブラナ

■アブラナとの出会い

アブラナに対する一番の印象は、「黄色」でしょう。花が黄色いのは言うまでもありませんが、つぼみの時ですら、非常に黄色に近い緑色で、とても明るい印象を受けます。

アブラナが一面に咲いていますと、個々の形には意識はいかず、ただその光る色合いに圧倒されます。
ゲーテも『色彩論』の中で、光と近い関係にある黄色は、今ある場所から広がっていく傾向がある、と述べています。つまり、形としてまとまりにくいのです。

山村暮鳥の詩「風景」には、そうした体験が描かれているように思います。

いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
かすかなるむぎぶえ
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
ひばりのおしゃべり
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
いちめんのなのはな
やめるはひるのつき
いちめんのなのはな

■一本のアブラナ
個々の植物には意識が向きにくいですが、しっかりと見ますと、茎は重さに対抗する方向にしっかりと伸び、わずかに花の近くが光の方向を向いていることが分かります。

つまり、目立たぬながらもしっかりとした軸を持ち、そこから周囲の世界にひたすら広がっていく動きがアブラナの特徴と言えるでしょう。

■アブラナと光
アブラナは日当りの良い立地を好み、日照が不足すると花の生育が悪くなります。

また、古くは油の素として栽培され、その油は行灯の光として使われました。
やはり、本物の輝きには及びませんが、「光の植物」という体験は描けるかと思います。
■リンク

2014年8月15日金曜日

低学年はなぜ《ぬらし絵》?

■すべては本質への問い直しから


シュタイナー学校の水彩は、なぜぬらし絵から始めるのでしょうか?
それは、シュタイナーがすべてをその《本質》から問い直すからです。つまり、教育を始めるにあたっては、《育ちゆく子どもの本質》、音楽を展開する上では《音体験の本質》、そして絵画では《色彩》の本質から問い直しているからです。
シュタイナーはそれらの概略を『色彩の本質』という講演集で語っていて、《輝きの色》と《像の色》という全く新しい捉え方を示唆しています。私はまだ、この両概念によってシュタイナーが何を指し示したかったのかをきちんと理解できていません。こうしたシュタイナーの方向で、色彩についての探究を続けられている画家の方々のご意見を伺いたいところです。

■色彩の本質初級編


さて、そうした色彩の本質上級編には届かないものの、色彩の本質初級編は誰でも納得できると思います。
つまり、
色彩と物体とは別である
という見方です。
私たちの日常的な色彩体験は、《物体》と結びついています。花の色、服の色、自動車の色などなどです。それゆえ、公立学校での図画は、《物の絵》から始まります。樹を描いて緑に塗り、屋根を描いて赤く塗るのです。しかし、これによって体験する《色》は物に縛られた色でしかありません。上に書いたように、色とは物体ではありませんし、そうした物体でない色彩に対し、私たちは一種の憧れを感じています。
その証拠は、物ではない色を探せば明らかです。

■物ではない色


代表的なのは、虹です。他にもオーロラ、空や海の色、珊瑚礁のエメラルド・グリーン、朝焼け夕焼けの色などが、物ではない色の代表です。私たちは素朴に、この種の色を《物体に縛られた色》より美しく感じます。重さを持つ物質ではなく、光に近いからでしょう。そして、色彩が動きに満ちています。

■物ではない色を徐々に物質へと妥協すると


夕ぐれの空の刻々と変っていく色彩は、物体ではありません。これをやや物質化すると、次のような例がありえます。透明な水に絵の具(インク)を流し入れた時の様子です。色彩はまだ物には縛られず、ゆらめき動いています。多くの方がご承知のように、子どもたちはこうした《色遊び》が大好きです。これも、彼らが色彩の本質を本能的に感じ取っているからではないでしょうか。
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本質そのものは実現できませんから、どこかで妥協は必要ですが、本質を知れば無節操な妥協はしないでしょう。その一例が、絵の具の選択です。水彩絵の具には、透明水彩と不透明水彩がありますが、シュタイナー教育では、基本的に透明水彩絵の具を使う理由も、了解していただけるはずです。

■さらに妥協すると


こうした自由に動ける色を平面上で実現する可能性として、《ぬらし絵》があるのです。もちろん、紙が乾いてしまえば色彩は動きを失ってしまいますが、子どもは色彩の動きと共に心の動きを体験しています。

■色彩を物体と結びつけるのではなく、魂の動きと結びつける


「緑」は「葉の色」でしょうか「安らぎの色」でしょうか。どちらも間違いではありません。しかし、より本質に近いのは、色彩を魂の体験として感じ取ることです。小学生の魂はまだ柔軟で、真の感性を育てていく時期にあります。そうした子どもたちに絵を教えるなら、「物との結びつき」はできるだけ排し、「魂の動き」とのつながりを伝えていくことが、最も重要な課題になります。それゆえ、シュタイナー教育の水彩の授業では、4年生になるまでいわゆる《具象画》は描かせません。
ちなみに、クレヨンでは何の問題もなく具象画を描かせます。その理由は、クレヨンとぬらし絵の質の違いを考えていただければ、一目瞭然でしょう。シュタイナー教育を標榜しながら、低学年に具象の水彩画ばかり描かせている教師がいたら、それは偽物か、勉強不足です。
あるいは、黄色を描きながら、「一面の菜の花」といった安っぽい喩えをするなら、教える側としては感性の不足、というのが私の見解です。

アントロポゾフィー絵画が目指す《色彩からの造形》

■本質に回帰する

シュタイナーの芸術論の核心は本質に立ち返るという点にあります。 その意味で、絵画の一番の課題は色彩に立ち返ることです。それゆえ、シュタイナーは「色彩から描く」ということを随所で強調しています。そうした中から、「学習的スケッチ集」と呼ばれる簡単な絵が生まれました。
『低学年はなぜぬらし絵?』の記事もご覧になってください。

■「学習的スケッチ集」

ルドルフ・シュタイナーは絵画において色彩から形が作られていくと語っていました。そこであるとき、ゲーテアヌムで描いていた女流画家のHenny Geckがシュタイナーに「そのプロセスをわかりやすく示すモチーフを描いて欲もらえませんか」と頼みました。

こうして、1921年にいわゆる学習的スケッチ集が誕生しました。シュタイナーは約30点の一連のスケッチを描きましたが、始めは単純な自然界のモチーフです。もちろん、モチーフが色彩から生じて来る様子がはっきりとわかります。これと同時期にシュタイナーは画家のための色彩論の講義を4回行っています。そこでも、色彩ダイナミクスの違いから色彩の質を感じ取ることを出発点にしています。




上の絵の上が「日の出」、下が「日の入り」です。もちろん、PC上の画像では色彩のニュアンスは壊れていますから、この色調からフォルムが生み出される様子を感じ取ることは難しいですが、参考までに紹介しておきます。

このように見ますと、「学習的スケッチ集」を追体験することは、シュタイナー学校教師にとって非常に有益でしょう。こうした練習を通して、色彩に対する感覚がより目覚めるからです。この練習は楽器の練習と比べるならチューニングの練習とも言えるでしょう。

チューニングもできない先生から楽器を習おうという人はいるでしょうか? しかしながら、色におけるチューニングができる人はまだ多くはありません。その意味では、皆が途上にいます。ですから、シュタイナー教育で絵画を教えようとする者は、少なくとも「よりよくチューニングできるように」努力する必要があるのではないでしょうか。

こうした画法を系統的に身につけられるのは、ドルナッハのワーグナー絵画学校と言われています。

ヘルムート・フォン・キューゲルゲン氏の絵画授業の進め方

■訳者注

キューゲルゲン氏はシュタイナー教育幼稚園連盟の代表として活躍され、非常に多くの貢献をしています。
また、ゲーテアヌム医学セクション代表のミヒャエラ・グレッケラーさんのお父さんでもあります。

■描くことと観ること

水彩を重ねていくにつれ、描くことと観ることを交互にしていく必要があります。絵が上手くいくか否かが、描き始めの段階ではっきり現れる場合もあります。ですから、子どもの手から筆を離させ、筆洗いに入れさせ、絵をきちんと観るように指導します。そのようにしてもなお、最初のうちは指で描き続けようとする子もいます。しかし、続けていくと自分自分を克服し、やりたいことを続けるのではなく、自分の行為に距離を置くことを学んでいきます。

一方では、教師に自分の絵を観てもらいたがる子どももいます。そのような子に対しては、その絵のいいところ、その絵が持つ憧れ痛み、などを言葉で表現します。こうしたやり方を通し、子ども自身が問題点を発見し、それを理解したときに、はじめて技術的なアドヴァイスが有効になります。また、気持ちも新たなに描き続けられます。創造的な休憩によって子どもの心が生き生きとしますと、新たなファンタジーも生まれてきます。

こうした際には、秩序と静けさが必要です。色の語る言葉は微かなので、それを聞き取る静けさが必要なのです。その意味でも、「筆を一旦置く」ことは重要な節目になります。

私は一つの練習を2回から3回繰り返させます。 それによって、能力が向上し、芸術行為における道徳的意味が増すからです。


最初のぬらし絵「緑&黄より青&黄の方が美しい」

■美的感性を教える

子どもたちに、「青の隣の黄色の方が、緑の隣より美しい」と教えるように、シュタイナーは助言しています。(『教育芸術1教授法』高橋巖訳P65、66、最下段参照)
この表現に戸惑う人、あるいは反発する人は少なくありません。それはおそらく、美的感性を押しつけられるように感じるからでしょう。

■小学生には手本となる大人が必要

「何が善いことで、何が善くないことか」、「何が正しく、何が正しくないのか」、「何が美しく、何が美しくないのか」を、子どもは大人を介して学びます。こうした判断の基準を、生まれながらにしてある程度持っている子どもは確かに居ますが、それでも自分が信頼する大人の感じ方を受け取っていきます。それゆえ、子どもの前に立つ大人は、その人の言葉でも、その人の行動でもなく、その人の在り方が問われるのです。
そうした絶対的信頼感を条件に、客観的な美的感覚を子どもに伝えます。色彩の例の後で、シュタイナーが協和音と不協和音の比較を例に出しているのも象徴的です。言葉にはしていませんが、「音に美しい協和音とあまり美しくない不協和音があるのと同じように、色の組み合わせにも、美しい組み合わせとそうでない組み合わせがある」と言いたいのだと思います。
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【作例】お手本では黄色を円にしますが、子どもが円を描けるかは問題にしません。色彩の体験と形の体験はまったく質が違いますし、ここではあくまでも色彩の体験が第一だからです。

■ゲーテ『色彩論』レベルでの青と黄色

ゲーテの色彩論では、その基幹にあたる対の現象があります。
光の前に濁りがあると黄色が生じ、闇の前に(光を帯びた)濁りがあると青が生じる
という現象で、これをゲーテは根源現象と読んでいます。これはプリズムを通して白黒の境界面を見ることでも生じます。
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上の図をプリズムを通して撮影すると、下のようになり、黄色と青が対称に現れます。
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つまり、青と黄色は色彩論の中で要となる組み合わせであり、論理構造上、美しい組み合わせと言えるのです。さらに言えば、ここには目に見えない美しさも実現されているのです。
もちろん各自の魂的な部分で判断するなら、「緑と黄色の組み合わせの方が好き」という言い方はできますし、これは他者に教えるべきことでもありません。ですから、「好き」という主観的な事柄と、「美しさ」という客観的な基準を分ければよいのです。

■シュタイナー『色彩論』レベルでの青と黄色

シュタイナーは色彩を《輝きの色》と《像の色》に分けています。その中の《輝きの色》は
  • 黄……霊(精神)の輝き
  • 青……魂の輝き
  • 赤……命の輝き
と語っています。私自身は、色彩に対するここまで深い体験はありません。しかし、この言葉が正しいとしますと、シュタイナー学校の最初の水彩で行なわれているテーマ、つまり「周囲に青を描き、その後で中央に黄色を入れる」という絵は、一つの物語になります。
つまり、魂という受け皿に霊(自我)が宿る瞬間の絵になるのです。(「自我の由来と私という呼称」も参照してください。)
1年生の前でお手本を描くときに私は、輪廻転生の中で、一つの自我が、前世の果実を担って、カルマを認識しつつ、地上へと向かう決意をする瞬間をイメージしています。

■参考

『教育芸術1教授法』高橋巖訳P65、66
[シュタイナー]教育芸術1方法論と教授法p065

2014年8月13日水曜日

「幼児ぬらし絵の会」を始めるために

■ はじめに

幼いお子さんをお持ちのお母さんやお父さんがシュタイナー教育に関心を持ち始めますと、まず、どこかにそうした教育をしている幼稚園がないかを探すでしょう。しかし、身近にそうした施設があるのは、現在の日本では非常に希です。 
そんなときに、ささやかではありますが、シュタイナー幼児教育のやり方を少しだけでも真似て、近所で自分達の子供のために「ぬらし絵の会」を開いてみたらどうでしょうか。場合によって、大人がちょっとだけお手本を示すといいかもしれませんが、基本的には、子供に何も教える必要はありません。色彩体験そのものが子供のとって、喜びとなるからです。そして、ぬらし絵による水彩画は、知的なものに触れる機会が多く硬直しがちな子供の心にやさしくはたらきかけます。シュタイナー教育に関心を持つお母さん2、3人が近くにいれば、すぐにでも始められます。「シュタイナー教育」ということで変にかしこまらずに、take it easy で気楽にやれるといいと思います。 
場所は、公民館や集会所などの公共の場所を借りることもできますし、小人数であれば、参加者の方の自宅で行うこともできます。ただし、水の便がよいところを選びましょう。公民館では「調理実習室」を使わせてもらったこともあります。自宅で行う場合、どうしてもその家主に負担がかかりますから、その点については、お互いによく話し合っておく必要があります。「犠牲的精神」というのは美しくもあり、また、時には必要ですが、あまり長く続きますとつらくなってくるのも事実です。無理や負担が一部に集中しないように、上手に分担しましょう。負担がかかっている人も、ついつい「平気だから」と言ってしまいがちです。しかし、その負担が長く続いても本当に平気かを、自分の中できちんと確認しておきましょう。100mを走るペースで10kmは走れません。 
基本的に、子供にとっては、いつも同じ場所で、いつも同じ手順で、いつも同じ仲間と描けるのが望ましいでしょう。 

■ 必要なもの

画用紙、絵具、筆、画板、絵具皿、筆洗いの瓶、雑きん、スポンジ、ビニールシート、水の便の悪いところでは、10lくらいのバケツ。 

画用紙

画用紙なら何でもよいのですが、ここでは幾つかの可能性をご紹介します。大きさは幼児の場合は、八つ切りでよいと思います。子どもが特に幼い場合には、紙の隅々まで手が届きません。
私は描いたときの色彩体験などの観点から、小学生以上にはA3サイズを薦めます。ただ、シュタイナー学校でも、おそらく経済的事情から、八つ切りの小さな画用紙を使っているところも多いようです。日本でA3の画用紙を使おうとすると、無駄が多く出て不経済です。

★学童用画用紙 
これは紙としては最も安価に手に入ります。主に八つ切りで売っていますのでそれを使います。紙は十分に白いのですが、ぬらしてスポンジでこすりすぎますと、「垢すり」のようになります。このかすが紙面に残っていると、絵にむらができます。また、紙が乾くときに、絵に白い斑点が浮き出し、絵が壊れてしまうこともあります。 

★ワトソン紙 
水彩用の紙としては日本でもっとも一般的で、画材屋さんならどこでも手に入ります。シュタイナー教育を意識したぬらし絵の講座を開いている多くの方が、この紙を使っています。しっかりとした紙です。絵具ののりに若干の問題があり、紙が乾いてくると、一筆毎に色がはげてしまい、絵が作品としては壊れてしまいます。
A3にするには、全紙の大きさのものを購入し、そこから5枚の紙を取ります。近所の画材屋さんで紙を切ってもらえるかを尋ねてみるといいかもしれません。切り残しの半端な紙も、申し出るとくれますので、しっかりもらっておきましょう。カードなどに使えます。A3、1枚当たり70円強です。

絵具

必ず透明水彩を使います。現在、日本では、ホルベイン社、Winsor-Newton社、シュトックマー社などの透明水彩が手に入ります。シュトックマーの絵具を大瓶(250ml)で6色そろえると4万円以上にもなって、「高い」です。しかし、透明水彩としては発色が強く、ぬらし絵にはもっとも適しています。

6色セットの小瓶で始め、黄色(レモンイエロー)などが無くなったら、足していってもよいかもしれません。若干色味が違いますが、黄色は日本製のマッチカラーなども使えます。また、カーマインは、マッチ・ベイシック・カラーの方が優れています。紙への乗りが格段によいのです。それゆえ、「色剥げ現象」も起こりにくくなります。

マッチ・ベイシック・カラーも120ml瓶で売っていて、価格は2862円(2014年現在)だそうです。

筆

面で塗っていくには、平筆が適しています。丸筆ですと、どうしても「細い線で描く」という誘惑がでてきます。筆は毛先が十分に柔らかく、それで適度なコシのあるものを選びましょう。ちょっと硬いとまったく使いにくくなってしまいます。化学繊維の毛を使っているものは、まずほとんど使えません。描くたびに色がはげてしまうこともあります。私は7号程度(幅約 2cm)のデザイン筆を愛用しています。(水彩筆では20号程度)。750円くらいのものから2000円くらいのものまであります。 
弘法大師の末裔でない方は。よい筆を選びましょう。 刷毛は毛が多すぎて絵が非常にびしょびしょになりやすいので、あまり適していません. 刷毛とは、基本的に広い面を塗るための道具ですから。 

保管の仕方が悪かったりすると、筆の毛先が広がってしまったり、曲がってしまったりします。そんなときには、やまと糊などで形を整えながら固めておきます。そうすれば、次に使うときには、毛はまっすぐになっています。 
 

画板

水彩専用の画板でしたら、5mm程度のベニヤ板が一番簡単でしょう。八つ切りの画用紙のためには、300×400mm程度にカットしたものを使います。
ホームセンターなどで、カッティングのサーヴィスのある店に切断をお願いすると簡単です。端をやすりやドレッサー(NTカッター社の商品で「手軽なやすり」です。)で面取りしておくと、子供がそれで刺をさすこともなくなります。ニスなどを両面に塗っておくと、ずっと描きやすくなります。片面だけにニスを塗ると板が反ってきてしまうので、気をつけましょう。 
描いた絵は、ある程度乾くまで画板からはずさない方が仕上がりがきれいです。ですから、一人で何枚かの絵を描く場合には、画板も数枚用意しておくとよいでしょう。子供は2枚や3枚、すぐに描いてしまいます。ですから、子供が3人いたら画板10枚では足りないくらいです。 

絵を乾かすスペースがある場合には、濡れた絵を乾いた新聞紙の上に移し、ドライヤーを使いますと、乾きが速くなります。帰宅を急ぐ場合などは、この方が合理的でしょう。

画板台

必ず必要、という物ではありません。 しかし、子どもは何枚もの絵を描き、置き場に困るときには便利です。 また、公民館などの会場を使っている場合には、時間がきたら絵を持って外にでなくてはなりません。 その時、画板台があればまとめて収納でき、また、まとめて運べます。 そうしたものの一例を紹介しておきます。 これは、10枚収納でき、折りたたむと画板と同じ大きさになります。 ただ、木工所に頼まないと、工作は難しいかもしれません。(この私のアイディアは、その後、地味に広がっています。)

絵具皿

直径95mmの陶器製あるいはプラスチック製の絵具皿があれば、それが一番使いやすいでしょう。一人当たり、3枚必要です。しかし、少量の絵具を入れる容器であれば、別に専用のものを用意することもありません。ガラスの小瓶など、適当なものを探しましょう。ただし、安定したものを選びましょう。こぼしたからといって子どもを叱ってはかわいそうです。結局市販のプラスチック製の絵具皿が使いやすかったりします。  

スポンジ

お金のある人は、天然の海綿を使われるといいでしょう。ドイツの教員養成ゼミナールではマットレスの切れ端のようなものを使っていました。私はセルローススポンジが気に入っています。余分についた水を上手に拭き取れるからです。  筆についた絵具をぬぐうのにスポンジを使う流派もあるようですが、スポンジに色が着いてしまうと、画用紙を濡らすときに使いにくくなります。スポンジは画用紙を濡らすときの専用にし、筆の絵具をぬぐうのは雑きんにまかせましょう。 

筆洗いの瓶

子供には、大きな透明なガラス瓶を用意してあげましょう。筆を洗うときの絵具の様子も、子供にとっては大きな楽しみです。 運搬が伴う場合には、2リットルのペットボトルを高さ15cmくらいに切った物も使いやすいです。

ビニールシート

絵具がこぼれた時の「保険」です。 
 

■ 紙のぬらし方

紙を浸す容器がある場合

八つ切りの紙が平らに入る大きさの容器があると一番簡単です。これは何でもかまいません。家庭でしたら、シンクに水を溜めてもよいですし、風呂桶も使えます。プラスチック製の衣装ケースを使うこともできます。そこに水を張って、紙を1枚1枚、お互いが重なり合わないように入れていきます。紙を水平に対してやや傾けて、水の中に滑り込ませるようにするとよいでしょう。蛇口から水を足すときには、水が画用紙を直撃しないように気を付けましょう。紙が傷むと、絵の仕上がりにムラができます。 

厚手の紙で2、3分、薄いものでしたら数十秒浸したら、画板の上に取り、真ん中から端に向かってスポンジで丁寧に押さえながら、しわができないように貼り付けていきます。ニスなどを塗っていない画板では、画用紙の水分を画板が吸ってしまいますから、画板も少し濡らしてから画用紙をその上に置くようにするとよいでしょう。 

紙を浸す容器がない場合(薄めの紙では有効)

スポンジにしたたるくらいに水をたっぷり含ませて、画板、画用紙の両面を手早く順に濡らしていきます。紙が十分に濡れますと、しだいに伸びてきますので、この時に両手で端を持って持ち上げ、洗濯物を乾かすようにします。こうしますと、紙が伸びてもしわができません。しばらくして紙がこれ以上伸びないと思われたら、紙を画板に張り付けます。 
それでもしわが見えたら、こまめに紙を貼り直し、しわを伸ばしておきます。しわができて、あまり長い時間そのままにしておきますと、しわが伸びにくくなってしまうので気をつけてください。 

しわの取り方

画板と画用紙の間に気泡が入ったり、しわができたりすることがあります。このときに、力ずくでこの気泡を押さえつけようとしてはいけません。最悪の場合、画用紙に折り目がついてしまい、絵を描いても、折り目に絵具が入り込み、変な線が入ってしまいます。面倒でも画用紙を端からすこしはがして、丁寧に押さえつけながら、貼り付け直すようにします。 

絵具の調整の仕方

シュトックマーの基本6色は、青(ウルトラマリーン、インディゴ)、黄(レモンイエロー、ゴールデンイエロー)、赤(カーミン、チノーバー)です。 
これらを混ぜ、ある程度薄めて、描くための基本3色を作っておきます。 
主体になるのはウルトラマリーン、レモンイエロー、カーミンですが、これだけですと色が「硬い」ので、それぞれインディゴ、ゴールデンイエロー、チノーバーを若干混ぜ、印象を和らげておきます。ただし、この配合は、絵のテーマや季節などで多少変わり、当面は、その時の気分で気に入った色になればよいでしょう。 

毎回少しずつ作っていますと、ブレンド毎に色が変わってしまう場合もでてきますから、調合の際には、ある程度の量をまとめて作っておきます。こうしておきますと、毎回、ちびちび調合する手間も省けます。ただし、薄めた絵具は腐りやすいので、プラスチックやガラスの密閉容器に入れて、冷蔵庫に保管します。また、しばらくしますと絵具が底に沈殿しますので、使うときには底の方から十分にかき混ぜて使ってください。密閉容器もいろいろ試して、蓋がネジ式になっている化学試薬を入れるような容器が一番使いやすいことがわかりました。通常の密閉容器ですと、本体と蓋の間にしだいに絵具が固まっていき、やがてその隙間から絵具が漏れ始めます。

■ 時間の流れ

公民館などの場所を使う場合

ぬらし絵の会は、実際に描くのは1時間弱ですが、全体では大体2時間がめどです。 
まず、絵具を調整し、それを小皿(小容器)に分けてそれぞれの子供に1セットずつわたします。ぬらした紙を画板に用意して、準備完了です。
用意をしながら、あるいは皆がスタンバイしたところでお絵描きの歌を歌います。この歌は、東京の南沢シュタイナー子ども園を主催している吉良創さんの作詞作曲です。

七色の虹の橋
光の色の虹の橋
私のところに降りてこい
光の色を連れてこい 
この歌を歌うと、子供は自然に虹の絵を描きたがります。 
回数を重ねるうちに、子供が「今日は描かない」と言い出す日も出てきます。そんな日は、大人が描いて楽しんでしまいましょう。すると子供も自然に描きたくなってしまいます。 
子供にとっては、大人が描いている姿を見るのも大切です。筆の洗い方や雑きんの使い方などを、真似を通して身につけてしまいます。 
子供も、上手な大人の絵を見て「自分もこんな風に描きたい」と思います。そして、もちろん大人のようには描けませんから、それを深く悲しむこともあります。ぬらし絵の会に「上手・下手」の意識が強くあると、子供が不必要な優越感や劣等感を持ってしまうこともあります。ですから、日ごろから、上手・下手を意識させるような言葉は避けましょう。そして、どの絵にも必ずいいところを見つけて、一言、コメントしてあげましょう。「暗いところで、この黄色は本当に輝いているね」、とか「赤と青が一緒になって、こんなにきれいな紫になっているね」といった感じです。 
しかし、自分が思ったように、あるいは大人のように描けなくて、子供が泣き出してしまったら、気の済むまで泣かせてあげましょう。高い目標に向かって流す貴重な涙ですから。ただ、描く意欲が失われないようにしてあげましょう。 
 

絵があまり水浸しにならないように

筆に常に絵具をどっぷりつけて描いていますと、紙が絵具で水浸しになります。こうなりますと、絵具が流れ、絵にはならなくなります。子供の場合には、こうなってしまっても別に注意を与える必要はありません。しかし、子供のお手本となるべき大人は、この初心者の段階は卒業している必要があります。 
さて、描く際には、次のような可能性があります。それぞれどのような表現になるかを確認しておけば、状況に応じて使い分けられます。子供は大人がやっていることを真似しますから、ことさらにテクニックを教える必要はありません。 
  • 筆に、したたるくらいたっぷりと絵具をつけて描く。
  • 筆を、一回絵具皿の縁に押し付け、水気を少し切ってから描く。
  • 絵具に浸した筆を指先で絞ってから描く。
  • 筆にたっぷりと水をつけて描く。
  • 雑きんで筆の水気を十分に吸い取ってから描く。(画面の絵具が少しはがれます)。
大雑把に言ってしまえば、描き始めは水を多めにし、絵をしだいに具象化していくときには、水分をよく切った筆を使うと描きやすいでしょう。はじめから水分の少ない筆で描きますと、くっきりとした色の痕が残りやすくなります。こうした痕ができてしまいますと、それを嫌うがために絵が自由に描けなくなってしまうことが多いようです。 描いたら、画板に置いたままで風通しのよいところにおいて乾かします。ある程度乾くまでには、条件にもよりますが1時間くらいかかりますので、公民館の部屋を借りている場合でも、もうしばらく家には帰れません。ちょっとしたヒントですが、絵がある程度乾いて、絵具が落ちなくなったら、画板ごと絵を重ねてしまうと、乾いたときにしわができにくくなります。
ここで簡単なおやつを用意しておくと、子供も大人もうれしくなります。私のところでは、おやつは毎週同じです。週の同じ曜日に、同じように水彩をして、同じおやつを食べ、そしてちょっと遊んで帰るのです。 
絵具の小皿や雑きんを片づけて、おやつの準備をします。きちんと、お祈りをして、皆で「いただきます」を言ってから、食べ始めます。

大地がこれらをくださいました。
太陽がこれらを実らせました。
愛する太陽、愛する大地、
私たちは決して忘れはいたしません。 

このお祈りは、クリスチャン・モルゲンシュテルンの詩を翻訳したものです。 適切なものがあれば、別なお祈りでもかまいません。ただし、子供にとって親しみやすいこと、毎回、同じものを使うこと、の2点には気をつけてください。もちろん、お祈りなどしない、という選択肢もありますが、これは各自の判断にお任せします。 
食べながら、あるいは食べた後では、大人同士でも話が弾みます。この時間は、語り合うよい機会でもあります。人が何人か集まれば、やれることも増えてきますし、いろいろなアイディアも出てくるので、貴重な意見交換の時間です。
おやつを食べると子供は元気になり、いろいろと遊び始めます。そのために、若干のおもちゃも用意しておくと望ましいでしょう。また、天気がよければ、大人が引率して、散歩に行ってもいいでしょう。残った大人は、その間に絵皿やおやつの食器などを洗って、後片付けをします。絵もある程度乾けば、画板からはずせるので、画板も雑きんでぬぐって、はみ出した絵具をきれいにふきとっておきましょう。散歩から帰ったら、絵も持って帰れるくらいに(望むらくは)乾いています。絵具のついた雑きんは、誰かがまとめて持って帰りましょう。数が多くなれば、洗濯機も活用できます。 
仲間うちの会であっても、若干の入会金や会費を決めておくと、会の運営が楽になるでしょう。絵具代、画板代、画用紙代、おやつ代、等々、共通の会計にしておくとよいものも多いですから。こうしたことが決まっていると、途中から参加されたい方が現れても、すっきりとしたかたちで参加できると思います。また、会費が多少余ってもいいでしょう。水彩画の講習会などがあったときに、参加費をそこから出してもいいかもしれません。誰かが学んできたことも、すぐに共通の財産にできるのですから。もちろん、個々の具体的な部分は仲間同士で話し合って決めます。 

もちろん、描く喜びは他の絵具、他の画材でもありえるでしょう。しかし、この水彩では絵具そのものの色、それらが混ざったときの色が美しく、その「色の美しさ」が描く喜びを倍増させてくれます。「美しく描けた」と満足できれば、それが次の意欲にもつながります。美しい音色が音楽をする心を支えてくれるように、美しい色が子どもの描く意欲を支えてくれます。これは私の実感から、はっきりと言うことができます。
 

■ 【参考図書】

『シュタイナー学校の芸術教育』M・ユーネマン、F・ヴァイトマン著、鈴木一博訳、晩成書房 
この本は、シュタイナー学校の1年生から12年生までの絵画芸術の教育について系統的に書かれた本ですから、さまざまな点で参考になると思います。ただし、すべてのシュタイナー学校で同じように授業されているとは考えないでください。むしろ、この通りにやっているクラスの方が希かもしれません。


なお、挿絵は大阪在住の岩元睦子(ちかこ)さんが描いてくださいました。 

2014年8月10日日曜日

シュタイナー教育的水彩プロセス:色の物語

■シュタイナーは9歳くらいの子どもに「色のお話」を薦めています。
気取りやのリラさんが気取りながら歩いていると、いたずら小僧の赤がやってきて、ちょっかいを出します。そして、控え目の青さんが、絨毯のように落ち着かせてくれます。
このお話を最後だけ少しだけアレンジして描いてみました。
まず、気取りやのリラさんには、ホルベイン社のオペラ色に少しだけウルトラ・マリーンを加えたものを使いました。参考書のユーネマン著鈴木一博訳『シュタイナー学校の芸術教育』では、「薄めたカーマインが使える」とありますが、私はその色に「気取った感じ」は受けません。
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撮影なので、色彩は厳密ではありません。
目安とおかんがえください
。
シュトックマー社の絵具はシュタイナー学校御用達ですが、シュタイナーがこのテーマを語った1920年にはまだシュトックマー社はありませんでした。ですので、シュトックマー社にこだわる必要はありません。そしてこれは、「気取った感じ」と「リラ」を頼りに、自分で探した結果です。
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そこにいたずら小僧の赤(ヴァーミリオン)がやってきます。
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最後に、控え目な青が絨毯のように柔らかく支え、さらに周囲も落ち着かせてくれます。
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ユーネマン著、鈴木一博訳『シュタイナー学校の芸術教育』より

文書名 _[ユーネマン]シュタイナー学校の芸術教育ocr_ページ_2

シュタイナー教育的水彩プロセス:助けによって互いが活きる

シュタイナーの「色の物語」を参考に、創案した絵画プロセスです。2年生終盤に相応しいと作者(森)は考えています。

 

■前置き

ウルトラ・マリーンとゴールデン・イエローを混ぜる様子を別な紙で子どもたちに見せながら、次の説明をします。
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(シュトックマー社の)ウルトラ・マリーンとゴールデン・イエローは悪い友達という訳ではないのに、混ざってしまうとお互いの良さが生きてきません。近くにいても、少し離れていれば、お互いがよく引き立て合うのに、不思議です。

 

■絵画プロセス

ああ、また二人が近づきすぎたかもしれません。
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それを見て、ゴールデン・イエローくんの目の早い友だちがやってきます。レモン・イエローです。「ゴールデン君はしっかりしてて、いつもぼくの力になってくれるね。ありがとう」と言って、ゴールデンくんの周りを取り囲みます。
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ウルトラ・マリーンくんにも友だちがゆっくりやってきます。静かなインディゴさんです。「ウルトラ・マリーンくんは、いつも私を軽くしてくれるから、今日は少し助けてあげますね」と言って、ウルトラ・マリーンくんに寄り添いました。
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レモン・イエローさんとインディゴさんは昔からの友だちなので、仲良く混ざっていきました。
 

■別な作例

最後に、二人は仲良しであることが嬉しくて、少し心が温かくなった気がしました」、としてカーマインを入れることもできるかもしれません。

 

■3年生での反感の強まりの前に

3年生になりますと、反感の力が強まり、ルビコンが始まります。それ以前に反感の力(補色に近い色)も使い方によっては美しさに貢献することをこうしたやり方で体験しているのもよいと思います。
絵画プロセス案 by 森 章吾











シュタイナー教育的水彩プロセス:クリスマスツリー

■クリスマスツリー


11月から12月かけての季節、クリスマスツリーはよく取り上げられる題材です。
4年生のぬらし絵で取り上げることができますが、3年生でも状況によっては可能でしょう。
別の所でも書きましたが、1、2年生からぬらし絵で具象画を描かせる先生が「シュタイナー教育」の看板を掲げていたら、無知か詐欺のどちらかです。



結果を見ると、普通のぬらし絵です。
しかし、描いていくプロセスには特別な体験があります。

■描画プロセス


まず、青で寒く、暗い、しかしどこか清らかな雰囲気を描いていきます(プラッシアン・ブルー)。しかし、すべてを塗り尽くしてしまわずに、上に白い部分を残します。


その白い部分を星形に整形し、内側から聖なる光としての黄色を入れます。
整形は子どもには難しいので、丸のままでもいいですし、教師が手伝ってやるのもよいと思います。
筆はよく洗い、ピュアな黄色(レモンイエロー)が描けるようにします。
その星から、光が左右に振れながら、柔らかく降りてきます。
最後に、光が温かさに変わり、バーミリオンで幹を描きます。

■物質的な観方と精神的・霊的な観方

この描き方は、物質的にはありえない方向です。しかし、イエスの降誕という事実の意味を深く考えますと、非常にリアルな表現です。
これをリアルと感じ取れる人は、子どもたちと一緒に描いてみてください。

■あわせてご覧ください。


【重要】低学年はなぜ《ぬらし絵》?

アントロポゾフィー絵画が目指す《色彩からの造形》

2014年8月8日金曜日

植物の緑を描く

■植物の緑
4年生では、ぬらし絵で初めて具象画に取り組み始めます。エポック授業では、『動物学』を取り上げますので、植物画が5年生にシフトする場合も多いかもしれません。
その最初は、具象画にはせず、単に植物の緑を描きます。ただ、緑と言っても植物の緑は本当にさまざまです。ツバキのように濃い緑色もあれば、菜の花や新緑のモミジなどは黄色の輝きを持っています。そうした緑を描くにあったってもシュタイナーのアドヴァイスが生きてきます。
■命の温かさ
鉱物とは違った、命を持つ存在である植物を描くに当たって、シュタイナーは、まず命の温かさを表現するように言っています。つまり、赤(カーマイン)を(全面に)下塗りするのです。
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そこに、光(黄)を描きくわえます。
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さらに、風(空気)や水の要素を加えます。
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すると、もやもやとしたさまざまな緑が現れます。この緑を絵具チューブから直接出した色と比べてみましょう。
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絵具の緑は、確かに美しいですが、植物の緑としては、赤から始めた緑の方が、「らしさ」を伝えてくれます。
そして、植物学的に見ても、葉は、命と光と風、そして水の産物です。

葉から花へ(描き残す)

■花は描き残す

葉を描くときには、赤が重要な働きをすることがわかりました。そこに花を加える場合は、花の部分を描き残します。極端な例は、白い花でしょう。透明水彩では上からかぶせて白くする《白絵具》はありませんから、白を描くとしたら、その部分を描き残さなくてはなりません。
他の色の花でも同じことが言えます。
葉を描いていく手順は基本的に同じで、《赤》《黄》《青》の順に色を重ねていきます。ただ、将来、花を描く場所は空けておきます。
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その空いた部分に、ピュアな色を入れます。
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形はありませんが、花との出会いはすでに表現されています。
このとき、「植物の部分は周囲より色を濃くするように」というシュタイナーのアドヴァイスがあります。

■自然界の色彩秩序

植物を描くと自然界の色彩階層がよくわかります。
  • 花…虹に現れるようなピュアな色
  • 葉…緑だが、補色の赤が入り、少し濁った色
  • 大地…三原色が入り混じって、混沌とした色
つまり、花(上)に向かって、色彩も次第に洗練されていきます。これをゲーテは『植物メタモルフォーゼ』で《精妙化》と呼びました。

■参考例

コケットということで紹介したナデシコ。
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2014年8月7日木曜日

自然認識と水彩:○を集めるタンポポ

■タンポポとの出会い

柔らかい日差しの中で、その年初めてのタンポポを見つけると、春の歩みを実感します。しかし、「昨日もこの道を歩いたはずなのに」、と思うことはありませんか?
植物の基本は、拡張収縮の動きにあります。その中でも、花は広がる傾向を強くもった器官です。花びらは大きく広がり、その色は周囲から際立ち、香りを広げ、花粉を飛ばすなど、さまざまな仕方で《広がる》のです。その広がりには、通常の植物学では取り上げない広がりもあります。つまり、私たちの意識の中にまで広がってきますし、昆虫の意識の中にも入り込んでいます。たとえて言うなら、昆虫にとっては、花が咲き始めると、暗闇に光が灯るようにそれが見えているのでしょう。そして、タンポポは開花を境に、「無視から注目」への変化が非常に大きな花と言ってもよいでしょう。

■「タンポポの葉を描けますか?」

私は、あちこちでこの質問をし、講座の参加者などに描いてもらいました。誰でも知っているタンポポですが、その葉の概形を描ける人は20人に一人くらいです。
タンポポの葉を描けない_sample
私たちの意識の中で、何が起きているかは明らかです。「タンポポの葉はギザギザ」と考え、それで納得してしまい、現象そのものからは離れてしまっているのです。しかし、現象から離れてしまったら、ゲーテ的自然科学は成り立ちません。出発点は常に、《現象そのもの》なのです。

■タンポポの特徴

茎は伸びず、葉はロゼット状に展開します。また、根は非常に深く、しかも丈夫です。花を支える花きょうの部分は空洞で、花を簡単に摘み取れるのに対し、根は大人が引っ張っても切れません。
葉の形はギザギザですが、その先端は外側に向くのではなく、内側を向いています。葉の成長は、当然中心から離れる方向に伸びますが、形のしぐさには中心の方に戻ろうとする動きがみられます。
花は、小さな花の集合体です。よく見かけるくらいの大きさの普通のタンポポで、200から250の花が密集しています。日当たりが良く、健やかに成長したものでは600もの花が集まっていることもあるそうです。そして、一つ一つの花のユニットは、次のような形をしています。
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画像は、富山県総合教育センターのサイトから
お借りしました。
花びらは細く、先に向かって伸びてはいますが、決して広がってはいません。ガクは細い毛状のものが密生し、これは植物体、あるいは将来の種子にしっかりと付いています。種子として風に舞うときには、《ワタゲ》になる部分です。本来、広がる傾向が強いおしべも、めしべの周囲に密集していて、押しとどめられたしぐさを見せます。形としてやや広がりを見せるのは、先が二つに分かれ、弧を描くように巻いているめしべの柱頭部分です。

■生育史

タンポポの種は4~6月くらいに大地に落ち、そこで発芽し根を伸ばします。
タンポポの発芽の様子(先生のための教材画像サイト)
つまり、夏至前くらいから冬至に向かって、言い換えると、太陽の放射の力が日々弱っていく中で、上に伸びることはまったくなく、成長していきます。その後、冬至から春分にかけての時期にツボミを成熟させ、開花します。
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■タンポポは収縮的植物

200の花が一点に集約されている様子、おしべがすべて軸の周りに集まっている様子、葉のギザギザが中心方向を向いている様子、上には伸びず、根が地中深くに述べている様子、あるいは茎のように見える花きょう部分から出るミルク状の液が非常に苦いこと、などを思い浮かべますと、タンポポが非常に収縮的な傾向を持つことがわかります。
それでは、タンポポはいったい何を凝縮しているのでしょうか?春先のあちこちに、輝くように咲いているタンポポを思い浮かべれば、それが《光の凝縮》であることは、容易に感じ取れるのではないでしょうか。《光の凝縮》であることを示す事実を、私はまだあまり見つけてはいません。しかし、確信めいたものは感じています。いずれ、状況証拠をお伝えできたら、と思います。

■絵画プロセス

タンポポでは、まず世界に充ちる光から描きます。黄色で下塗りをしていくのです。花の部分を塗り残しつつ、そこに命の温かさ(赤)を加え、さらに水の要素を加えていきます。このようにして、3色をよく混ぜ、縦の画用紙の下2/3を重い大地にしていきます。

そこに種が落ちますと、まず根が地中深くまで伸びます。


その中心から葉が伸び、花が着き、場合によっては絵具をティッシュなどで吸い取り、ワタゲを描くこともできます。