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2014年8月8日金曜日

植物の緑を描く

■植物の緑
4年生では、ぬらし絵で初めて具象画に取り組み始めます。エポック授業では、『動物学』を取り上げますので、植物画が5年生にシフトする場合も多いかもしれません。
その最初は、具象画にはせず、単に植物の緑を描きます。ただ、緑と言っても植物の緑は本当にさまざまです。ツバキのように濃い緑色もあれば、菜の花や新緑のモミジなどは黄色の輝きを持っています。そうした緑を描くにあったってもシュタイナーのアドヴァイスが生きてきます。
■命の温かさ
鉱物とは違った、命を持つ存在である植物を描くに当たって、シュタイナーは、まず命の温かさを表現するように言っています。つまり、赤(カーマイン)を(全面に)下塗りするのです。
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そこに、光(黄)を描きくわえます。
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さらに、風(空気)や水の要素を加えます。
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すると、もやもやとしたさまざまな緑が現れます。この緑を絵具チューブから直接出した色と比べてみましょう。
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絵具の緑は、確かに美しいですが、植物の緑としては、赤から始めた緑の方が、「らしさ」を伝えてくれます。
そして、植物学的に見ても、葉は、命と光と風、そして水の産物です。

葉から花へ(描き残す)

■花は描き残す

葉を描くときには、赤が重要な働きをすることがわかりました。そこに花を加える場合は、花の部分を描き残します。極端な例は、白い花でしょう。透明水彩では上からかぶせて白くする《白絵具》はありませんから、白を描くとしたら、その部分を描き残さなくてはなりません。
他の色の花でも同じことが言えます。
葉を描いていく手順は基本的に同じで、《赤》《黄》《青》の順に色を重ねていきます。ただ、将来、花を描く場所は空けておきます。
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その空いた部分に、ピュアな色を入れます。
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形はありませんが、花との出会いはすでに表現されています。
このとき、「植物の部分は周囲より色を濃くするように」というシュタイナーのアドヴァイスがあります。

■自然界の色彩秩序

植物を描くと自然界の色彩階層がよくわかります。
  • 花…虹に現れるようなピュアな色
  • 葉…緑だが、補色の赤が入り、少し濁った色
  • 大地…三原色が入り混じって、混沌とした色
つまり、花(上)に向かって、色彩も次第に洗練されていきます。これをゲーテは『植物メタモルフォーゼ』で《精妙化》と呼びました。

■参考例

コケットということで紹介したナデシコ
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2014年8月7日木曜日

自然認識と水彩:○を集めるタンポポ

■タンポポとの出会い

柔らかい日差しの中で、その年初めてのタンポポを見つけると、春の歩みを実感します。しかし、「昨日もこの道を歩いたはずなのに」、と思うことはありませんか?
植物の基本は、拡張収縮の動きにあります。その中でも、花は広がる傾向を強くもった器官です。花びらは大きく広がり、その色は周囲から際立ち、香りを広げ、花粉を飛ばすなど、さまざまな仕方で《広がる》のです。その広がりには、通常の植物学では取り上げない広がりもあります。つまり、私たちの意識の中にまで広がってきますし、昆虫の意識の中にも入り込んでいます。たとえて言うなら、昆虫にとっては、花が咲き始めると、暗闇に光が灯るようにそれが見えているのでしょう。そして、タンポポは開花を境に、「無視から注目」への変化が非常に大きな花と言ってもよいでしょう。

■「タンポポの葉を描けますか?」

私は、あちこちでこの質問をし、講座の参加者などに描いてもらいました。誰でも知っているタンポポですが、その葉の概形を描ける人は20人に一人くらいです。
タンポポの葉を描けない_sample
私たちの意識の中で、何が起きているかは明らかです。「タンポポの葉はギザギザ」と考え、それで納得してしまい、現象そのものからは離れてしまっているのです。しかし、現象から離れてしまったら、ゲーテ的自然科学は成り立ちません。出発点は常に、《現象そのもの》なのです。

■タンポポの特徴

茎は伸びず、葉はロゼット状に展開します。また、根は非常に深く、しかも丈夫です。花を支える花きょうの部分は空洞で、花を簡単に摘み取れるのに対し、根は大人が引っ張っても切れません。
葉の形はギザギザですが、その先端は外側に向くのではなく、内側を向いています。葉の成長は、当然中心から離れる方向に伸びますが、形のしぐさには中心の方に戻ろうとする動きがみられます。
花は、小さな花の集合体です。よく見かけるくらいの大きさの普通のタンポポで、200から250の花が密集しています。日当たりが良く、健やかに成長したものでは600もの花が集まっていることもあるそうです。そして、一つ一つの花のユニットは、次のような形をしています。
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画像は、富山県総合教育センターのサイトから
お借りしました。
花びらは細く、先に向かって伸びてはいますが、決して広がってはいません。ガクは細い毛状のものが密生し、これは植物体、あるいは将来の種子にしっかりと付いています。種子として風に舞うときには、《ワタゲ》になる部分です。本来、広がる傾向が強いおしべも、めしべの周囲に密集していて、押しとどめられたしぐさを見せます。形としてやや広がりを見せるのは、先が二つに分かれ、弧を描くように巻いているめしべの柱頭部分です。

■生育史

タンポポの種は4~6月くらいに大地に落ち、そこで発芽し根を伸ばします。
タンポポの発芽の様子(先生のための教材画像サイト)
つまり、夏至前くらいから冬至に向かって、言い換えると、太陽の放射の力が日々弱っていく中で、上に伸びることはまったくなく、成長していきます。その後、冬至から春分にかけての時期にツボミを成熟させ、開花します。
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■タンポポは収縮的植物

200の花が一点に集約されている様子、おしべがすべて軸の周りに集まっている様子、葉のギザギザが中心方向を向いている様子、上には伸びず、根が地中深くに述べている様子、あるいは茎のように見える花きょう部分から出るミルク状の液が非常に苦いこと、などを思い浮かべますと、タンポポが非常に収縮的な傾向を持つことがわかります。
それでは、タンポポはいったい何を凝縮しているのでしょうか?春先のあちこちに、輝くように咲いているタンポポを思い浮かべれば、それが《光の凝縮》であることは、容易に感じ取れるのではないでしょうか。《光の凝縮》であることを示す事実を、私はまだあまり見つけてはいません。しかし、確信めいたものは感じています。いずれ、状況証拠をお伝えできたら、と思います。

■絵画プロセス

タンポポでは、まず世界に充ちる光から描きます。黄色で下塗りをしていくのです。花の部分を塗り残しつつ、そこに命の温かさ(赤)を加え、さらに水の要素を加えていきます。このようにして、3色をよく混ぜ、縦の画用紙の下2/3を重い大地にしていきます。

そこに種が落ちますと、まず根が地中深くまで伸びます。


その中心から葉が伸び、花が着き、場合によっては絵具をティッシュなどで吸い取り、ワタゲを描くこともできます。


自然認識と水彩:シクラメンにとっての水

日本で最も多い鉢植えはシクラメンだそうです。シクラメンは、水をやりすぎると枯れてしまうこともよく知られています。ですので、シクラメン用の鉢にはちょっとした工夫がされています。

■シクラメン用の鉢

二重底になっていて、下に入れられた水をリボンで吸い上げ、根のある土の中に水を供給しています。


■シクラメンの原産地

さて、シクラメンの原産地は地中海地方で、特にパレスチナからトルコにかけて野生で育っているそうです。


■シクラメンと水の流れ

原産地の一つであるパレスチナは雨量が少なく乾燥しています。しかし、地下水が豊富で、さまざまな花に彩られた美しい草原が広がっています。雨量の多い日本では考えられませんが、これらの地方では、水が地下から上へと流れています。





そして、それをシクラメン用の二重底鉢で実現しています。この鉢だと、水は確かに下から上へと流れます。このようにして、シクラメンにとって自然な水の流れを実現してやれば、シクラメンは美しく咲くのです。

自然認識と水彩:○○を集めるツバキ

■ツバキの様子

ツバキはよく知られた植物ですが、その様子をおよそ思い起こしてみましょう。

【樹】

樹はあまり大きくはなく、希に5mくらいの大木を見かけることがあります。種類が多少違うのかもしれませんが、森林の中のやや暗い所だけでなく、日当りのよい明るい場所でやや大きく成長していることもあります。常緑で樹全体は、空間に広がり出て行くという感じではなく、こんもりとした印象です。
樹の肌は灰色で、わずかにザラザラしてはいますが、でこぼこではなく、しわも割れ目もありません。

【葉】

葉は、肉厚で硬く、瑞々しさは感じません。また、大きさは名刺サイズくらいでたの樹に比べて小さい方と言えるでしょう。色は表(光軸側)が濃い緑で、その色味の濁りから赤を多く含んでいることがわかります。裏(背軸側)は明るい緑色をしています。
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ゲーテの言うアナストモーゼ(再結合)が葉脈に観察されますし、再結合の位置が縁からかなり内に入った部分であることも目に付きます。
サザンカの葉:アナストモーゼ

【花】

本来の花の色は赤のようで、多数のおしべが花糸の部分で融合し、筒状になっています。先端は分かれていて、山吹色に近い花粉が多数見られます。

花期は1月から3月ごろで、比較的大きな花です。同じくらいの大きさのバラと比べると、花の存在があまり目立ちません。その理由は、バラの花が空間の高い位置で咲き、いわば葉の領域を超えて咲くのに対し、ツバキは葉の領域内で咲き、場合によっては花が葉の陰に隠れていることもあります。言い換えると、バラは光の領域に上って咲くのに対し、ツバキの花は自分の領域に引きこもっているのです。

【果実と種子】

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7月上旬の果実
10月下旬くらいから、ツバキの実が成熟してきます。緑色の果実の中に、焦げ茶色の種子が入っていますが、この種子の中身がツバキ油の原料になります。
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樹で成熟した状態で収穫しますと、特に乾燥させなくても、火を付けることができ、わずかな黒煙を上げて、ロウソクの炎のように非常によく燃えます。この燃焼実験は子どもたちにも見せています。
こうした様々な特徴を《拡張・収縮》の視点で思い浮かべますと、ツバキが外に向けて広がるのではなく、内に入り込み、ため込む傾向を感じ取るはずです。たとえば、本来、拡散の傾向が強いはずのおしべで、それらが互いに融合しているのは典型的です。

【ツバキのしぐさ】

この外に広がらないツバキが内でしていることを考えますと、それは《熱の凝縮》であるように思われます。1月に開花して、10月下旬に結実することを考えますと、ツバキは夏至を含む9ヶ月の太陽の力を実に集めています。4月に開花し、6月には出荷されるサクランボなどと比べてみてください。非常に長い日数をかけてツバキの実が成熟することがわかると思います。

■熱を集めるツバキ

植物画では、カーマインの下塗りが基本ですが、ツバキを描くときには、熱の要素、そして生命の温かさを、やや濃い目のカーマインで表現します。
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そこに光と風の要素を加えますが、花を描く部分は描き残しておきます。
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ツバキの葉はシンプルな形をしていますから、黄色と青を繰り返し重ねて概形をつくり、最後に先端を少し尖らせるだけで、それらしい表現になります。花はカーマインをらせん状に乗せていきます。最後におしべの黄色をリング状に描き入れます。
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自然認識と水彩:キノコの「魔女の輪」

■魔女の輪

キノコには「魔女の輪(Hexenring)」と呼ばれる現象があります。ちなみに、英語圏では、「天使の輪」だそうです。これは、半径数メートルのキノコの輪が突然現れる現象です。文字通り「一晩で」現れることもあります。大きさはそのキノコの年齢によりますが、これまでに発見された最も大きな輪は半径150メートルに達するのだそうです。

これはキノコがいかに物質と深く結びついているかを示しているでしょう。言い換えると、目に見える部分は小さくても、隠れた部分で素材と、これは多くの場合植物の遺体ですが、深くつながっているのです。

このトピックは私のお気に入りの一つで、キノコについて語るときには必ず話します。これによって、目に見えない部分の広がりを紹介できるからです。この話をしてから水彩でキノコを描きますと、見えない部分をより大切にして描くことができます。




2014年7月22日火曜日

シダ、トクサ、ヒカゲノカズラの関係性

■進化の一側面

動物学を取り上げるにあたっての指針として、「それぞれの動物が、人間の何らかの部分が強調された存在」として取り上げるよう、シュタイナーはアドヴァイスしています。
たとえば、ワシは頭部、ライオンは胸部リズム系、ウシは代謝系がそれぞれ発達していますし、それが前面に出るように授業を進めます。

これと似た現象は、別な局面でも現れます。

■背骨の特殊化

背骨に関連して、頭、胴部、尾部がそれぞれ発達した動物グループがあります。
多くの骨が癒着して一つのまとまりになろうとする傾向は、カメに見られます。
胴体部分の背骨が発達し、身体のほとんどが胴で、たとえば飲み込んだ卵を割る突起を背骨に持つ動物が居ます。ヘビです。
非常に特徴的な尾を持つ動物グループが居ます。あるものは尾に養分を蓄え、あるものは身体の60%が尾で、あるものは逃走の際に尾を切り離します。トカゲのグループです。
つまり、現生の爬虫類では、頭部動物のカメ、胴部動物のヘビ、尾部動物のトカゲ、そして全体のバランスがよく、脚の発達したワニの四つのグループが知られています。

■高等植物の葉、茎、根をそれぞれ強調した植物

5年生の植物学エポックでは、高等植物を観察して、茎、葉、根、花といった形態を学んだ後に、その観点からキノコ、海草、コケ、シダなどを学びます。そのシダ植物類をここで取り上げます。
シダ植物には大きく分けて3つのグループがあります。

  • シダ類
  • トクサ、スギナ類
  • ヒカゲノカズラ、クラマゴケ類
シダ植物では葉が非常に発達していることは一目瞭然です。高等植物では茎の先端にある成長点が、シダ植物では葉の先にあります。また、地上部では茎もありません。
 

次に、トクサ類も特徴的で、これは茎だけです。スギナでは分岐はありますが、節の部分で分岐し、分岐した後も「細い茎」でしかありません。

クラマゴケでは節から分岐はしているものの、分岐はどこからでもできます。

高等植物で根、茎、葉、の分岐の仕方を見ますと、それぞれに特長があります。
  • 根・・・どこでも分岐する
  • 茎・・・節で分岐する
  • 葉・・・規則正しく小葉に分岐する
また、機会があったら、スギナ、クラマゴケ、ヒカゲノカズラを引き抜いてみると興味深いでしょう。スギナは節から切れてしまいます。ところが、クラマゴケやヒカゲノカズラは太さの割には植物が丈夫です。これは、丈夫な根の様子と似ています。
高等植物では一つの植物でバランスを保って持っている根・茎・葉が、シダ植物では3つのグループに分かれて発達しています。

ヒカゲノカズラの図版は福岡教育大学の福原達人先生に使用許可をいただきました。 トクサ全体の図は奈良教育大の植物図鑑より、トクサ胞子嚢はWikipediaより借用いたしました。

2014年7月10日木曜日

5年生の植物エポック教材、コケ

■コケはどこに生えている?

5年生の植物エポックでは、
コケはどこに生えている?
という課題で、シュタイナーの言う土壌と植物の関係(2014.06.10の投稿)が子どもたちに明確に意識されるでしょう。教師はスカウティングしておかなくてはなりませんが、そうした準備を経て、子どもたちにコケを探させるだけで、十分に生徒を生き生きさせることができるでしょう。
私の近所には自然の森などがない完全な都市環境ですが、それゆえに興味深い事実も見つかります。以下、コケが見られた場所です。残念ながら、コケの種類まではわかりませんでした。


石垣の隙間

コンクリートの壁
除草剤が撒かれた土地

除草剤が撒かれた土地のアップ


このように見ますと、コケは生きた土のないところに生えています。それが明確になってから、
草むらにはなぜコケが少ないか
を検討することで、コケのすごさが分かってくるでしょう。つまり、生きた土が十分にあると、草などにその場を明け渡すのです。そして、草が十分に育って土が豊かになると、そこに森が生まれてきます。

荒れた死んだ土の場所に生え、生きた土を作り始め、それが十分にできると草に場所を明け渡す
それがコケなのです。こうした事実を知りますと、人は岩やコンクリートにへばりつくコケを違った目で見るようになるのではないでしょうか。

■厳密な生態学では

厳密に言えば、火山島などの死んだ土に始めに生え始めるのは、コケ類ではなく地衣類で、植物学的分類では両者はまったく別な仲間です。しかし、そこまで厳密に捉えずに、「地にへばりつくように育つ植物」という意味で「コケの仲間」と教えて問題はないと思います。
かつての高校生物教科書には、コケ類とシダ類の生活史の違いなどが載っていましたが、私たちが自然と向き合う上では、あまり大きな役割を果たさない知識でした。

2014年7月8日火曜日

ドクダミの観察

■観察から認識へ

ゲーテ・シュタイナー形態学の極意』で書いた方法を繰り返します。

  • 形そのものをできるだけ正確に思考の中でイメージする。その際に、「これは~に似ている」といった連想はしない。つまり感覚知覚における類似性に惑わされない。
  • そのイメージを作り出している自らの思考活動を観察する。


この方法で、ドクダミを見てみましょう。多くの場合、これがドクダミだとわかってしまうと、観察は終わりです。しかし、本来はそこからが始まりです。ドクダミはどのようなしぐさを示しているでしょうか。それを探るために、目に見える事柄を、言葉にしてみましょう。言葉にするというのは、体験の意識化ですから、スケッチと同様、二通りの意味合いがあります。

  • 見ながらのスケッチ(言語化):対象をより正確に観察できる
  • 想起からのスケッチ(言語化):想起の力を強め、自らの思考を観察しやすくなる


このことをゲーテはBeschreibungと呼んでいました。Schreiben(書く)を強めた言い方で、日本語では「記述」と訳すこともあります。シュタイナーはしばしば、Charakterisierung(性格付け)という言い方をしていました。

■実り多きグループでの言語化

ここで、方法論的なヒントを一つ挙げておきます。対象を十分に観察した後、現物がない状態で、その対象について数人で語り合うのです。誰かの言葉に沿って、全員が同じイメージを作り上げていきます。すると、そこには特別な雰囲気が生じます。そして、数人が同時に、「あ!そうだ」と、対象の本質を合点することさえあります。

■ドクダミの形


ドクダミの葉柄は比較的長いのですが、茎と葉柄のなす角が小さく、葉は茎からあまり遠くには離れていません。茎の周りに集まった形で葉が付くのです。

輪郭をなす線

葉の縁にはぎざぎざな線はなく、輪郭が非常に明確です。その葉身の輪郭線を遡りますと、葉柄を経て茎にまで連続しています。つまり、茎から出発した二本の線が、葉柄の向軸側の両端を直線的に伸び、葉身の縁に連続的に移行していきます。その線の動きは、茎から分かれからはかなり直線的に先へ伸び葉身に達します。するとそこから滑らかなカーヴを描きながら左右に広がり、一旦後方に戻ります。そこにいわば《ため》をつくり、その後でしだいに葉の幅を狭めながら前方に進んでいきます。そして、先端近くなりますと、今度は一気に速度を増し、鋭い先端をつくります。

葉脈の様子

葉脈には主軸と分岐がありますが、そのあり方は植物の種類によって本当に個性的です。たとえば、葉の輪郭だけを取り出しますと、ドクダミの葉はサツマイモのそれと似ています。実際、そのように表現する人もいますが、こうした表面的な比較は認識にとっては無用です。実際、葉脈も含めて観察しますと、その違いは歴然としています。

ドクダミではまず大きな分岐が葉の元の方から出ていて、それが先端に向かってしだいに中央で合流していきます。大きな分岐に限って見れば、分岐が順々に出てくるというのではなく、元に近いところで多く分岐を出しています。主軸の前進的な動きが妨げられるとこうした形になるでしょう。葉脈は、一旦は広がるものの、前方に向かう傾向が強く、その流れの中で空間に広がるのではなく、近隣の葉脈と再結合(アナストモーゼ)しています。それに対しサツマイモでは、葉脈が周囲に広がる傾向が強いことがわかるでしょう。

花の付き方(花序)

これにもさまざまなタイプがありますが、ポイントとなるのは、葉と茎と芽の関係です。

  • 茎の先端に花が付き、花が付くと成長は終わる。(タンポポ、チューリップ)
  • 茎と葉の又の部分に芽として花がつく。(オドリコソウ、枝豆)

それでは、ドクダミの花序はどうでしょうか。

位置関係から見ると、葉、茎、花軸の順に並んでいます。ですから、私たちが茎と呼んでいる部分は、茎には間違いないのですが、枝の方です。そして本来の主軸にあたる部分は花軸になって、そこで行き止まりになります。
ここで、一本の茎がすいすいと伸びる様子と、ドクダミの成長の様子を比べながら想像してみてください。ドクダミでは、その都度その都度の中心軸は行き止まり、成長が止まります。そして、その代わりに枝に当たる部分が主軸を追い越して成長していきます。しかし、その枝も葉が出て花をつけると行き止まりです。この成長の様子は、止まった状態(花)から一度大きく後ろに戻ってから再び前進するという動きになります。

茎の節

また、茎の節ははっきりしていて、そこには動きの〈ため〉があります。しかし、次の葉まで茎は比較的まっすぐに伸びていきます。茎の色もそれに対応しています。節に近い部分は比較的赤みが濃いのですが、直線的に伸びている部分は比較的白い色をしています。

ドクダミとの出会い、花の形態

ドクダミは関東地方では5月の中旬ごろに白い花をつけ始め、その独特な香りとともに自らの存在をアピールし始めます。また、生えているのは林の中や瓶際といった薄暗い場所で、日光の照り付ける野原や駐車場には生えていません。
葉の色は暗い緑色で、非常に地味で、薄暗いドクダミ地帯を見ると、私たちの視線は焦点が定まらず、その無定型な暗がりに引き込まれます。ところが、そこに花が咲くと、その花が私たちの意識の中に鋭く入り込んで来ます。同じ花が日向の草むらに咲いていたら、私たちの目はそれほどまでには惹きつけられないでしょう。一旦、半暗がりに引き込まれるがゆえに、より強い印象を受けるのです。
花びらのように見える白い部分は本来は萼で、その先に濁った黄緑色をした花の部分が前方に突き出しています。念のために付け加えておきますが、萼というのは何枚かの葉が茎の一ヶ所に集中し、しかも大きさや形も収縮したものです。この白い部分は四枚ですが、よく見ると大きさは少し違っています。四枚には実は順番があり、葉に近い側が大きく、花に近づくにつれ小さくなります。

■ドクダミのしぐさ

ここで体験する動きを拡張・収縮、あるいは前進・後退という表現でまとめると、まず、後方へ向かっての《ため》の動きがあり、その《ため》の後、一気に加速しながら前方へ流れています。これが、ドクダミを特徴づける動きです。
上に述べたドクダミとの出会い体験も、この特徴と合致します。主軸が毎回止められ、少し戻った地点の枝が先に伸びる様子にも《ため》を感じ取ることができます。
そして花でも、四枚の萼で一旦前進傾向が止まり、多くの花が集まった総苞で先に進みます。これはさらに詳しく見ることができます。
花の白い部分は、花びらではなく蕚です。花の基本的秩序は、下から、萼、花びら、蜜腺、おしべ、めしべの順です。そして、通常は花びらが空間的に一番広がります。それが、ドクダミでは一段戻った萼の方が広がっています。つまり、後退的な《ため》が現れているといえるでしょう。それから先の花びらからめしべまでの形成は、急ぎ足です。

茎では、ドクダミのしぐさは明確ではありませんが、それでも若干見て取ることができます。節の部分には《ため》があり、そこから一気に直線的に次の節につながっていきます。


■類縁の植物

さて、次の葉をドクダミの葉と比べてみてください。

まず、葉柄は短いのですが、葉身は長めで、ドクダミに見られた《ため》の部分は非常に少なく、形全体に先端に向けて流れる傾向が強いことがわかります。《ため》と《前方への流れ》という視点で見ると、ドクダミとの違いは明確でしょう。この葉は、ドクダミ科のハンゲショウのものです。ドクダミの萼に当たる部分は、白くなった3枚の葉です。これが葉の半分、あるいは表だけ白いので、「半化粧」と言われるという説もあります。(半夏生は夏至から11日目の暦日)
ドクダミの萼と比較しますと、軸の周りへの収縮度が小さく、葉として周囲の広がっていることがわかるでしょう。


花の集まった部分(総苞)はどうでしょうか。ドクダミでは、せいぜい2cmくらいの長さにたくさんの花がついていました。それがハンゲショウでは大きく前方に流れています。ここでも《ため》はなく、《前方に流れ》ています。

山地 隆之さんから、画像を頂きました。

■ドクダミの薬効(以下の考察はまだまだ仮説)

さて、ドクダミには解毒作用という薬効がありました。これをニキビの例で考えてみましょう。ニキビに葉をちょっと貼っておくだけで、かなりの人で非常に効果があると言われています。通常の学問では、こうした場合、当然のように成分分析をします。つまり、ドクダミの葉に含まれる××成分に解毒作用がある、と考えます。
しかしここではまず、毒素を排泄する様子をイメージしてみましょう。
まず、ドクダミの葉が毒素を吸引しているのではない、と考えた方がよいでしょう。むしろ、ドクダミが周囲の生体組織に働きかけ、その結果、組織がその毒素を追い出す方向に働くと考えた方が自然です。乾燥剤が湿気を吸うのとはわけがちがい、活動するのはあくまでも生きた組織です。ここでドクダミの働きかけで周囲の組織がドクダミ的な動きを獲得すると仮定してみましょう。するとまず、一旦すべてを内にため込むように働くでしょう。そして次の動きで、外に向かっての勢いよく押し出します。こう考えると、まず周囲の毒素を一ヶ所に集め、その後で、毒素が体外に押し出すのかもしれません。