昔、美しい山の見える川筋に小さな村がありました。春になると近くの丘は花で一杯になり、鳥のさえずりも賑やかでした。ところが、ある年のことです。雪の将軍が去ろうとしないので、冬がなかなか終わりませんでした。いつもならサクラやツツジが咲く春になっても雪がとけません。村人たちは少し驚いて
「これから、毎年毎年冬が長くなって春や夏がもっともっと短くなっていくのではなかろうか。心配だな。そうなっても大丈夫なように米や食べ物をいつもよりたくさん蓄えておくことにしよう。」
と言って、短い夏に一生懸命に働いて、無駄遣いをやめ、夏が短くても育つ大麦をたくさん蓄えました。
しかし、次の冬が来るともっと大変なことがおこりました。冬に積もった雪が春の終わり頃になってやっと消えたのです。その上、夏もちっとも暑くなりませんでした。人々はこれは大変だと思って一生懸命に働いて、無駄遣いをやめ、夏が短くても育つライ麦をたくさん蓄えました。
こうして3年目にはソバを、4年目にはマメ、5年目にはヒエを蓄えました。ところがその次の年にとうとう、恐るべきことが起きてしまったのです。冬に積もった雪が夏まで残り、その雪がとける前に新しい雪が降り始めてしまったのです。雪に覆われた地面では人々はもう作物を作ることができません。けれども、賢い村人たちは蓄えた大麦やライムギ、ソバやマメ、そしてヒエを食べて生き延びることができました。
初めのうちはよかったのですが、夏の来ない冬が7年も続いて、蓄えていた食糧もとうとう残り少なくなってしまいました。食べる量を半分にすれば、この一冬はどうにか乗り越えられます。けれども、春になっても夏になっても雪がとけず、新たに作物を作ることができなければ、秋には人々は皆飢え死にするしかありません。その時、村の年寄りたちは
「もし次の夏もこのまま雪がとけなかったら、この村はみんな滅んでしまうだろう。私ら年寄りが今死んで、若者たちに食料を残せば、彼等はもう一回、冬を越せる。そして大切な村も残すことができるかもしれん。村のため、若者たちのために私たちが犠牲になろうではないか」
と相談していました。
実際、人々はとてもお腹がすいていて、ちょっとしたことで喧嘩をするようになっていたのです。そして、ある日、年寄りたちは決めました。
「明日、村のため若者たちのために私たちは犠牲になろう。だから、今夜は家族と最後の別れをすませよう。」
この様子を天からうかがっていた神様は
「これは大変なことになった。春をこさせないようにしている雪の将軍を一刻も早く追い払ってやらなくてはなるまい。そして7年前のように春がやってくることを村人たちに早く知らせて、この心やさしい年寄りたちの命を救ってやらなければ。」
と考えました。
そこで神様は草や木を呼びました。
「お前たちのだれか、雪の中で花を咲かせて春が近いことを人々に知らせてやってはくれないか。」
サクラはしり込みしています。
「ぼくの花は綺麗でとっても大切なのに雪の中で咲かせたらすぐに枯れてしまう」。
リンゴも
「僕はちゃんと甘くておいしい実をつけなくちゃいけないから、雪の中で花を咲かせるわけにはいかないよ」
と言います。他の草や木も同じでした。
そんなとき、梅の木が言いました。
「人々が困っているなら、僕が行きましょう。雪の中で花を咲かせて、春が近いことを人々に知らせてきます」。
すると神様が言いました。
「雪の中で花を咲かせると、お前の実は甘く熟れる前に落ちてしまうだろう。それでもいいか。それでも行ってくれるか」と。
梅は一言、
「行きます」
とこたえて、花を咲かせる支度を始めました。
梅は雪が積もっている中でも、お日様が出て暖かく感じられる日に花を咲かせることにしました。ところがその晩、雪の将軍が最後の意地を見せました。そのせいで猛烈な吹雪になったのです。そのようすを梅の木は恐ろしい思いをしながら見ていました。次の朝、吹雪は収まりましたが、梅の木は花の茎を長く伸ばすことができずに、こわごわと木に花をつけました。そこからは甘い香りが立ち上りました。それは人々が待ちに待った春の香りです。その匂いをかいで、人々はお祭りのように喜びました。そしてすぐに梅の木をさがしました。真っ白な雪の中で梅の花は木にしがみつくように花を咲かせ、それは本当に暖かい微かなピンク色をしていました。
人々は残った食べ物を皆で分け合い、暖かくなるのを待つことにしました。おかげで、誰一人犠牲になることなく春を迎えることができました。春になり種が蒔かれ、田畑には耕す人々の笑い声が絶えませんでした。何年も雪に覆われていた大地ですが、命の力は失われていませんでした。作物はすくすくと育ち始め、梅の木も葉を広げ実も少しずつ大きくなっていきました。
ところが、夏を迎えようとする頃、突然、梅の実が落ち始めました。甘く熟れる前に大地に落ちてしまうのです。一つ、また一つと次々に落ち、とうとう最後の一つも落ちてしまいました。これから夏だというのに、梅の木には実が一つも残りませんでした。
しかし、人々は春の訪れを知らせてくれた梅の木にとても感謝していて、梅の木のことを決して忘れはしませんでした。そこで落ちた実を一つ一つ集め、実が甘く熟れるために必要だったお日様の力をあげることにしたのです。お日様の当たるところに実を並べ、お日様の暖かさを注いだのです。それでも梅の実は甘くなることはできませんでした。反対にどんどん酸っぱくなっていきます。それでも、梅の実の中にある勇気は失われてはいませんでした。
そのことは、干した梅の実を口にするたびに、誰もが感じ取ることでしょう。
2007年2月、森 章吾作
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