2014年6月5日木曜日

水晶の物語

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■シャボン玉を吹く光英ちゃん

ある日の午後、なぜか近くのお友達はみんな都合が悪く、光英ちゃんは一人で遊ばなくてはなりませんでした。そこで、お母さんに石鹸水を作ってもらい、シャボン玉遊びをすることにしました。そうっと膨らますと大きなシャボン玉ができるし、勢いよく膨らますと小さなシャボン玉がたくさんできます。光江ちゃんは近くの秘密の場所を知っていました。そこは、森の間を抜けてくる風がゆるやかに吹いていて、シャボン玉がとりわけ優雅に踊ってくれるのです。光英ちゃんが吹く毎に、シャボン玉はいろいろな踊りを見せてくれます。でも、石鹸水がもうなくなりそうです。そこで、最後に一つだけできるだけ大きなシャボン玉を作ろうと思って、息をいっぱい吸い込んで、丁寧に丁寧に膨らませました。うするとそれは、一番やさしい風に乗って、静かに静かに上へのぼっていきました。少し上がると、そこにキラッと光るものが宿ったように見えました。すると、風も吹いていないのに、ゆらゆらと上がったり下がったりしながら、進み始めました。光江ちゃんはその光が不思議でたまらず、シャボン玉の後をついていきました。

■洞穴の入り口

シャボン玉はそんなに遠くまでは飛びませんでした。だんだん低くなり、草の尖った葉っぱの先をかすめて、もう地面につきそうです。地面につけば、パチンと壊れてしまいます。光英ちゃんは少し身を固くしました。ところが、不思議なことにそのシャボン玉は地面に吸い込まれていき、そこにはちょうど子供が通れるくらいの穴があいたのです。
光江ちゃんは、本当はちょっと恐かったのですが、「外の光が届くところまでなら大丈夫」と思って、少しだけ入ってみることにしました。
でも、5歩も進むともう真っ暗です。恐くなってそこにじっと立っていると、しだいに目が慣れ、また先へ進む道が見えてきましたし、先に行ったシャボン玉がちょっと光ったようにも見えましたから、「あと10歩だけ進んでみよう」と決心して、また洞窟の中を10歩だけ進んでみることにしました。ところが、7歩進んだところで角を一回曲がりましたから、10歩進んだときにはもう完全に真っ暗です。「こんな中で迷子になったら大変だわ」と思って、光英ちゃんは引っ返すことにしました。

■奥への入り口と門番

ところがそのとき、声がしました。
「ようこそ、秘密の洞窟へいらっしゃいました」。
そう言われて光英ちゃんは両手を前に出してみました。するとひんやりとした岩の手触りがして、本当のそこが洞窟の終わりだとわかりました。でも、不思議な声はまだ続きました。
「光英ちゃん、あなたは私たちの大切なお客さんです。ですから、もしあなたが望むなら、その岩を押してみなさい。その扉を通ってもっと奥までいかれます」。
光英ちゃんが岩を押してみると、確かにその岩の扉は信じられないくらい軽く開き始めました。すると、また声がしました。
「その前に、一つだけ、大切なことを言っておかなくてはなりません。嘘をついた人はここに入ってはいけないのです。いいですか」。
光英ちゃんは、
「私は嘘をついたことはないわ。だから平気よ。」
と言って、一歩、踏み出そうとしました。その瞬間、ちょっとした嘘をついたことを思い出しました。
「あっ、ごめんなさい。私、この間、お母さんにお手伝いを頼まれたけれど、やりたくなかったから、「おなかが痛い」って言っちゃったの。そうしたら、お母さんは心配してリンゴジュースを作ってくれたの」。
「それは小さな嘘かもしれないね。でも光英ちゃんは自分がついた嘘に今気がついて、それを正直に言っておいてよかった。小さな嘘のために大変なことになってしまっている人もたくさんいる。嘘をついたまま、この岩の扉を抜けると、本当に大変なことになるんだよ。他に嘘がなければ、必ず帰ってこられるから、安心して中に入っていい」。

■光が灯る岩の中を歩く

光英ちゃんが中に入ると、そこは決して暗くはありませんでした。透明な静かな明かりがあちこちに灯っているのです。大地の奥底につながる道も曲がりくねっていはいましたが光に照らされ、迷う心配などまったくありませんでした。
しばらく歩くうちに、周りから時々、「ウウッ、ウウッ」という声が聞こえてくることがありました。よく目を凝らしてみると、痩せて傷だらけになった人間です。助けてあげたくても、どうしても手が届きません。いくら声をかけてあげても、何も聞こえていないみたいです。すると、扉のところで聞いた声がまた教えてくれました。
「彼らは、嘘をついたことを隠したまま、この洞窟に入り込んだので、こうしてずっと闇の中をさまよわなくてはならなくなってしまったんだ。そして、お前がいくら手を差し伸べても、声をかけても、決して通じない。彼らは洞窟の闇をさまよい、お前は光に満たされた岩の中を歩いているからだ。もしお前が迷った人たちを助けたいと思うなら、彼らがここに入ってくる前に助けてあげなくてはいけない。ここにきてしまったら、自分で自分を助ける以外に道はないのだから」。
道に迷った人たちを助けてあげられないと聞いて、光英ちゃんは少し悲しくなりましたけれど、光に照らされた道はさらに続きますし、光はますます明るくなり、色も花のようです。この先の世界を見たくて、光英ちゃんはどんどん先に進んでいきました。
道はどんどん下って、ますます深く潜り、黒っぽかった岩がだんだん赤くなってきましたし、道の全体が光り始めていました。そんな深みを越えると、道はしだいに上に向かい始めました。

■光の粒を集める小人

光英ちゃんが少し上っていくと、広い野原のようなところに出ました。普通の野原には花が咲いていますが、この野原には花はありませんでした。その代わり、野原全体が金と銀に輝いているのです。そのまぶしい光に目が慣れてくると、実はそこに金色の小人と銀色の小人が走り回って働いているのが見えてきました。金色の小人は金色の袋を持って金色の粒を追いかけては集め、銀色の小人は銀色の袋を持って銀色の粒を追いかけては集めているのです。
光英ちゃんも光の粒を取ろうとしましたが、粒はあまりに速くヒューヒューと飛んでいるので、取ることはできませんでした。
すると、小人が話し掛けてきました。
「人間のあんたにゃー、この仕事は無理じゃ。わしらの指を見てごらん、こんなに細くて、しかもすばやく動くから、どんなに小さくすばやい粒だってのがしゃしない。それにこの仕事をもう何万年もやってるからなあ、ちょっとした手触りで金色の粒と銀色の粒を区別できる」。
「この金色の粒と銀色の粒って、いったい何なのですか。どちらもとってもきれいですけれど」。
「それを聞かれても、わしらにはわからん。わしらは集めるだけだからな。ただ、集めるときに絶対にこれを混ぜちゃいけないときつく言いつけられているんだ。集めた粒は、まず婆様のところへいき、最後にはお城にいくことになっているから、王様に聞けばこの金色の粒と銀色の粒が何か、教えてくれるはずだ」。
そう言って小人はまた黙々と、粒を集め始めました。

■小人の老婆が光の粒を大きな鍋の中で水に溶かす。

光英ちゃんはその野原を越え、また道を少しのぼっていきました。すると、道の両側に古い小屋が一軒ずつ建っていました。さっきの小人たちが集めた金色の粒は、右側の丸い窓の小屋に、銀色の粒は左側の四角い窓の小屋に運ばれていきました。
両方の小屋の中にはそれぞれ小人の老婆がいて、金色の粒は丸い鍋で、銀色の粒は四角い鍋で水に溶かされていきました。金色の粒も銀色の粒も、水に溶けるときにはきれいな鈴のような音を出しましたから、この2つの小屋の近くにはいつも美しい音楽がながれていました。それぞれの老婆が、粒を鍋に入れ終わって、小屋の外に出てきたので、光英ちゃんは2人に挨拶をしました。
「こんにちは、私、光英っていいます。始めまして」。
すると老婆はにこっと笑って、
「私らは双子でな。私は金色の粒を丸い鍋で溶かすキンで、もう一人は銀色の粒を四角い鍋で溶かすギンって言う。もう何万年もここで働いているけど、始めたときから、婆さんだったな」。
と言って、二人はカラカラと笑っていました。
「この金色の粒と銀色の粒は、何なんですか」と光英ちゃんが尋ねましたが、ギン婆さんが「そりゃ、王様に聞いてくれ」
と言うので、それ以上は聞かないことにしました。毎日、お城から使いがやってきて、その日に溶かした金の粒を溶かした丸い鍋と、銀の粒を溶かした四角い鍋を取りにくるのでした。その鍋は、お城に向かう間中、鈴のような音をたてて、あたりを音楽で満たしていました。光英ちゃんも、そのお城からの使いについて、お城に向かうことにしました。
お城に鍋が届くと、すぐにわかりました。大理石でできたお城では、鈴のような音色がとりわけ美しく響くからです。

■王様とお后様、そして王女様

鍋が届くと、お城の大広間ではさっそく儀式が始まりました。着飾った家来たちが見守る中で、王様とお后様がバルコニーの両側に立ちました。近くには、さきほどの鍋を持った家来がいます。王様の横には、金色の粒を溶かした丸い鍋を持った家来が、お后様の横には銀色の粒を溶かした四角い鍋を持った家来がつきました。
2人の準備ができると、これから始まる大切な儀式を告げるファンファーレと共に美しく着飾った王女様が真ん中に現れました。そして、すべての家来が見守る中、王女様はシャボン玉を膨らまし始めたのです。その膨らんだシャボン玉の中に、今度は王様とお后様が金色のしずくと銀色のしずくを入れました。すると、そのしずくはシャボン玉の中で、鈴のような響きをたてながら透明な水晶に変わったのです。水晶が入ったシャボン玉はお城の窓を抜け、どんどん高くのぼっていきました。それを見ていた家来たちは、いっせいに歓声を上げ、拍手でそのシャボン玉を見送りました。
王女様がもう一つシャボン玉をつくると、また両側から王様とお后様がシャボン玉の中に金色のしずくと銀色のしずくを入れ、新しい水晶が生まれました。
光英ちゃんは驚いて、声も出せずに広間に立っていましたが、もうひとつシャボン玉を作ろうとした王女様が光英ちゃんに気がつき、声をかけました。
「あなたは誰、ここまでやってきた私たちの大切なお客様。ぜひ、ここまで上がってきてください。」
家来たちも大歓迎で、光英ちゃんをバルコニーまで導いていきました。そして、王様の前で光英ちゃんはこう言いました。
「私は光英といいます。今日は、こんなにすばらしい儀式を見せていただいて、どうもありがとうございます。私は、小人たちが金の粒と銀の粒を集めるところも見てきましたし、老婆がその粒を鍋で溶かすところも見てきました。でも、この金の粒と銀の粒が何であるかは、誰も教えてくれませんでした。ただ、王様だけがご存知だと言っていました。王様、お願いですから、それが何なのか、教えてください。それから、私にはお父さんもお母さんもいて、もうそろそろお家に帰らないと、お家ではたぶん私のことを心配しています。どうか、私をお家に帰らせてください」。
すると王様は、
「金の粒と銀の粒か。これは大切な秘密だから、誰にも言ってはいけない。しかし、お前は正直だから、家に帰っても、決して誰にも言いはしないだろう。だから、特別に教えてやろう。
まず、銀の粒じゃ。この粒がここにあるのは、星のおかげじゃ。遠くの星のきらめきがここではこうして銀の粒になるんじゃ」。
「それじゃ、金の粒は?」
「金の粒は、光英ちゃんや、世界中の人たちのおかげて、ここにあるのじゃ。
そう、人には、美しい心と醜い心があるのは知っているな。けがをした人を助けたり、自分の食べ物を飢えた人に分けてあげたり、するのが美しい心じゃ。でも、そんなすばらしいものが、その時だけでなくなってしまうと思うかい。どんなに小さなものでも、美しい心はここにやってくる。そしてそれが金の粒になるんじゃ。
わしらは、人間の美しい心からできた金の粒と、星からできた銀の粒をきちんと混ぜなくてはいけないんじゃ。まぜかたを間違えると、せっかくの金の粒や銀の粒からちゃんとした水晶ができなくなってしまうからじゃ」。
すると、お后様も言葉を添えました。
「今日は、王様が金のしずく、私が銀のしずくをシャボン玉の中にいれましたが、これを逆にして、王様が銀のしずく、私が金のしずくを入れると、紫色の水晶ができるんですよ」。
「いずれにしても、美しい水晶の中には、遠くの星のきらめきと、人々の美しい心が宿っている。だから、水晶を持っていると、人は自分の美しい心を思い出すのじゃ」。
「これは、大切なことだから、まだ秘密にしておいてね。これを悪魔が知ると、私たちは純粋な水晶を作れなくなってしまいますから」。

■光英ちゃんがシャボン玉を吹き、それについてお家に戻る。

「王様、お后様、どうもありがとうございます。でも、私はどうやってお家に帰ったらよいのでしょう。お父さんやお母さんが心配しています」。
「そんなのは簡単よ」、
と王女さまがいいました。
「あなたも、シャボン玉を吹いて、それにつかまっていけばいいのよ。シャボン玉がお家まで連れていってくれるから。さあ、こっちに来てシャボン玉を吹いてご覧なさい」。
そういわれて、光英ちゃんは王女様の代わりに、シャボン玉を吹きました。それは大きすぎず小さすぎず、光英ちゃんが捕まるのにちょうどよい大きさでした。自分で吹いたシャボン玉に捕まると、フワッと身体が宙に浮かびました。
すると、王様とお后様が、「これは私たちからの贈り物」といって、光英ちゃんが吹いたシャボン玉の中に金のしずくと銀のしずくを入れてくれました。するとそこにはひときわ透明な水晶ができ、美しい響きがあたりにこだましました。家来たちはいっせいに立ち上がって、このすばらしい光景に見とれ、拍手でシャボン玉につかまった光英ちゃんを見送りました。
「透明な水晶と同じように、光江ちゃんの心も育ちますように」
とお后様が祝福の言葉をくださいました。
光英ちゃんはいつものように目を覚ましました。誕生日の朝、枕元には透明な水晶が置かれていました。

































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