2014年7月8日火曜日

ドクダミの観察

■観察から認識へ

ゲーテ・シュタイナー形態学の極意』で書いた方法を繰り返します。

  • 形そのものをできるだけ正確に思考の中でイメージする。その際に、「これは~に似ている」といった連想はしない。つまり感覚知覚における類似性に惑わされない。
  • そのイメージを作り出している自らの思考活動を観察する。


この方法で、ドクダミを見てみましょう。多くの場合、これがドクダミだとわかってしまうと、観察は終わりです。しかし、本来はそこからが始まりです。ドクダミはどのようなしぐさを示しているでしょうか。それを探るために、目に見える事柄を、言葉にしてみましょう。言葉にするというのは、体験の意識化ですから、スケッチと同様、二通りの意味合いがあります。

  • 見ながらのスケッチ(言語化):対象をより正確に観察できる
  • 想起からのスケッチ(言語化):想起の力を強め、自らの思考を観察しやすくなる


このことをゲーテはBeschreibungと呼んでいました。Schreiben(書く)を強めた言い方で、日本語では「記述」と訳すこともあります。シュタイナーはしばしば、Charakterisierung(性格付け)という言い方をしていました。

■実り多きグループでの言語化

ここで、方法論的なヒントを一つ挙げておきます。対象を十分に観察した後、現物がない状態で、その対象について数人で語り合うのです。誰かの言葉に沿って、全員が同じイメージを作り上げていきます。すると、そこには特別な雰囲気が生じます。そして、数人が同時に、「あ!そうだ」と、対象の本質を合点することさえあります。

■ドクダミの形


ドクダミの葉柄は比較的長いのですが、茎と葉柄のなす角が小さく、葉は茎からあまり遠くには離れていません。茎の周りに集まった形で葉が付くのです。

輪郭をなす線

葉の縁にはぎざぎざな線はなく、輪郭が非常に明確です。その葉身の輪郭線を遡りますと、葉柄を経て茎にまで連続しています。つまり、茎から出発した二本の線が、葉柄の向軸側の両端を直線的に伸び、葉身の縁に連続的に移行していきます。その線の動きは、茎から分かれからはかなり直線的に先へ伸び葉身に達します。するとそこから滑らかなカーヴを描きながら左右に広がり、一旦後方に戻ります。そこにいわば《ため》をつくり、その後でしだいに葉の幅を狭めながら前方に進んでいきます。そして、先端近くなりますと、今度は一気に速度を増し、鋭い先端をつくります。

葉脈の様子

葉脈には主軸と分岐がありますが、そのあり方は植物の種類によって本当に個性的です。たとえば、葉の輪郭だけを取り出しますと、ドクダミの葉はサツマイモのそれと似ています。実際、そのように表現する人もいますが、こうした表面的な比較は認識にとっては無用です。実際、葉脈も含めて観察しますと、その違いは歴然としています。

ドクダミではまず大きな分岐が葉の元の方から出ていて、それが先端に向かってしだいに中央で合流していきます。大きな分岐に限って見れば、分岐が順々に出てくるというのではなく、元に近いところで多く分岐を出しています。主軸の前進的な動きが妨げられるとこうした形になるでしょう。葉脈は、一旦は広がるものの、前方に向かう傾向が強く、その流れの中で空間に広がるのではなく、近隣の葉脈と再結合(アナストモーゼ)しています。それに対しサツマイモでは、葉脈が周囲に広がる傾向が強いことがわかるでしょう。

花の付き方(花序)

これにもさまざまなタイプがありますが、ポイントとなるのは、葉と茎と芽の関係です。

  • 茎の先端に花が付き、花が付くと成長は終わる。(タンポポ、チューリップ)
  • 茎と葉の又の部分に芽として花がつく。(オドリコソウ、枝豆)

それでは、ドクダミの花序はどうでしょうか。

位置関係から見ると、葉、茎、花軸の順に並んでいます。ですから、私たちが茎と呼んでいる部分は、茎には間違いないのですが、枝の方です。そして本来の主軸にあたる部分は花軸になって、そこで行き止まりになります。
ここで、一本の茎がすいすいと伸びる様子と、ドクダミの成長の様子を比べながら想像してみてください。ドクダミでは、その都度その都度の中心軸は行き止まり、成長が止まります。そして、その代わりに枝に当たる部分が主軸を追い越して成長していきます。しかし、その枝も葉が出て花をつけると行き止まりです。この成長の様子は、止まった状態(花)から一度大きく後ろに戻ってから再び前進するという動きになります。
茎の節
また、茎の節ははっきりしていて、そこには動きの〈ため〉があります。しかし、次の葉まで茎は比較的まっすぐに伸びていきます。茎の色もそれに対応しています。節に近い部分は比較的赤みが濃いのですが、直線的に伸びている部分は比較的白い色をしています。

ドクダミとの出会い、花の形態

ドクダミは関東地方では5月の中旬ごろに白い花をつけ始め、その独特な香りとともに自らの存在をアピールし始めます。また、生えているのは林の中や瓶際といった薄暗い場所で、日光の照り付ける野原や駐車場には生えていません。
葉の色は暗い緑色で、非常に地味で、薄暗いドクダミ地帯を見ると、私たちの視線は焦点が定まらず、その無定型な暗がりに引き込まれます。ところが、そこに花が咲くと、その花が私たちの意識の中に鋭く入り込んで来ます。同じ花が日向の草むらに咲いていたら、私たちの目はそれほどまでには惹きつけられないでしょう。一旦、半暗がりに引き込まれるがゆえに、より強い印象を受けるのです。
花びらのように見える白い部分は本来は萼で、その先に濁った黄緑色をした花の部分が前方に突き出しています。念のために付け加えておきますが、萼というのは何枚かの葉が茎の一ヶ所に集中し、しかも大きさや形も収縮したものです。この白い部分は四枚ですが、よく見ると大きさは少し違っています。四枚には実は順番があり、葉に近い側が大きく、花に近づくにつれ小さくなります。

■ドクダミのしぐさ

ここで体験する動きを拡張・収縮、あるいは前進・後退という表現でまとめると、まず、後方へ向かっての《ため》の動きがあり、その《ため》の後、一気に加速しながら前方へ流れています。これが、ドクダミを特徴づける動きです。
上に述べたドクダミとの出会い体験も、この特徴と合致します。主軸が毎回止められ、少し戻った地点の枝が先に伸びる様子にも《ため》を感じ取ることができます。
そして花でも、四枚の萼で一旦前進傾向が止まり、多くの花が集まった総苞で先に進みます。これはさらに詳しく見ることができます。
花の白い部分は、花びらではなく蕚です。花の基本的秩序は、下から、萼、花びら、蜜腺、おしべ、めしべの順です。そして、通常は花びらが空間的に一番広がります。それが、ドクダミでは一段戻った萼の方が広がっています。つまり、後退的な《ため》が現れているといえるでしょう。それから先の花びらからめしべまでの形成は、急ぎ足です。

茎では、ドクダミのしぐさは明確ではありませんが、それでも若干見て取ることができます。節の部分には《ため》があり、そこから一気に直線的に次の節につながっていきます。


■類縁の植物

さて、次の葉をドクダミの葉と比べてみてください。

まず、葉柄は短いのですが、葉身は長めで、ドクダミに見られた《ため》の部分は非常に少なく、形全体に先端に向けて流れる傾向が強いことがわかります。《ため》と《前方への流れ》という視点で見ると、ドクダミとの違いは明確でしょう。この葉は、ドクダミ科のハンゲショウのものです。ドクダミの萼に当たる部分は、白くなった3枚の葉です。これが葉の半分、あるいは表だけ白いので、「半化粧」と言われるという説もあります。(半夏生は夏至から11日目の暦日)
ドクダミの萼と比較しますと、軸の周りへの収縮度が小さく、葉として周囲の広がっていることがわかるでしょう。


花の集まった部分(総苞)はどうでしょうか。ドクダミでは、せいぜい2cmくらいの長さにたくさんの花がついていました。それがハンゲショウでは大きく前方に流れています。ここでも《ため》はなく、《前方に流れ》ています。

山地 隆之さんから、画像を頂きました。

■ドクダミの薬効(以下の考察はまだまだ仮説)

さて、ドクダミには解毒作用という薬効がありました。これをニキビの例で考えてみましょう。ニキビに葉をちょっと貼っておくだけで、かなりの人で非常に効果があると言われています。通常の学問では、こうした場合、当然のように成分分析をします。つまり、ドクダミの葉に含まれる××成分に解毒作用がある、と考えます。
しかしここではまず、毒素を排泄する様子をイメージしてみましょう。
まず、ドクダミの葉が毒素を吸引しているのではない、と考えた方がよいでしょう。むしろ、ドクダミが周囲の生体組織に働きかけ、その結果、組織がその毒素を追い出す方向に働くと考えた方が自然です。乾燥剤が湿気を吸うのとはわけがちがい、活動するのはあくまでも生きた組織です。ここでドクダミの働きかけで周囲の組織がドクダミ的な動きを獲得すると仮定してみましょう。するとまず、一旦すべてを内にため込むように働くでしょう。そして次の動きで、外に向かっての勢いよく押し出します。こう考えると、まず周囲の毒素を一ヶ所に集め、その後で、毒素が体外に押し出すのかもしれません。

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