制約の多い土曜クラスでの実践例
森章吾が2001年に行なった実践例の報告です。
■家づくり
3年生、4年生くらい、ピアジェが言う《ギャング・エイジ》の頃に、子どもの内面は大きく変化します。(ちなみに、《ギャング》というのは「群れ」程度の意味で、「銀行ギャング」といった用法での「盗賊」といった悪い意味はありません。)9歳くらいである程度の自立心を獲得します。それはしばしば、「私は何でもやれる」といった根拠のない自信に繋がります。そうした芽生えは大切ですので、それを否定してしまってはいけません。それでも、子どもが実際に物や自然とかかわることで、「自分には、まだ学ばなくてはいけないことがある」、と実感させていくことも重要な教育課題です。「根拠のない自信」については、8歳の少年が、大人の泥棒を一人で撃退し、「子どもでもやれる」ということを映像にした『ホーム・アローン』のような映画に彼らが惹きつけられることにも現れています。
9歳くらいで、自己の内面が育ち始め、自立心が芽生えますと、それは「自分たちの空間」への憧れとしても現れます。隠れ家づくり、基地づくりに憧れるのです。そうした内面の発達に合わせて、シュタイナー教育では、家づくりのエポックがあります。
9歳ごろの子どもの様子については、コェプケ著『9歳児を考える』(拙訳)を参照ください。
■土曜クラスでどのように家造りを実現するか
▲日本的木造はかなり困難
ドイツのシュタイナー学校の家づくりはレンガ造りが多いようです。しかし、日本家屋の基本は木造です。ミニチュア版であっても、両者の作業には質的に大きな違いがあります。レンガ積みでは、一つ一つの作業にはたいした熟練を必要としません。まさにコツコツと積み上げていけば、やがては出来上がります。ところが、木造ですと材木を切ったり、削ったりといった作業が難しく、かなりの熟練が必要です。現実的に考えるなら、木材パーツをほぼすべて製材所で製材し、子どもが植樹祭的な作業で組み立てる、といったやり方にならざるを得ないでしょう。
しかし、《土曜クラス》的な学習の場では、さらなる制約があります。作りかけの家を常時設置しておくことはできず、途中段階で、毎回撤収しなくてはなりません。そのような状況の中でも、子どもに家づくりをある程度体験させてやれる方法を以下に紹介します。フラードームを作るのです。
■本質からみると妥協の産物
ただし、このフラードームによる方法は決して理想ではありません。家づくりでは、- 大地と結びつく土台の体験
- 内部空間をつくる壁の体験
- 屋根を支える柱の体験
が基本です。また、人類にとっての最初の家、つまりアダムとイヴが楽園から追放されて、初めて必要になる家とも関連しますので、素朴な家が望ましい、という考え方もあります。こうした本質に照らし合わせると、フラードームが不満足な解決法で、妥協の産物でしかないことがわかります。上述の三つの体験を実現させる可能性があるなら、ここでの方法はまったく薦めません。しかし、制約がある中で家づくりを実現させるギリギリの方法として捉えていただければ、その価値評価を誤ることはないと思います。
シュタイナー教育では理念(イデア)を見据え、それを理想としなくてはいけません。その意味で、私たちは徹頭徹尾、理想主義です。しかし、理念が物質界に受肉する際には、さまざまな制約を受けます。たとえば、『低学年はなぜぬらし絵か』でも書いたように、理想を認識しつつ、現実的な解を探すのは、常に一貫した姿勢です。理想を知らなくては、妥協もできないのです。また逆に言えば、シュタイナー教育には決定版の教材というのは存在しません。どの一つをとっても、「ある一つの実践」でしかありえないのです。
■イメージのすり合わせ
家づくりと聞くと、多くの子どもは非常に大きなイメージを描きます。白紙を渡して、どんな家を望んでいるかを描かせてみると非常に興味深い結果が帰ってきます。その子の潜在的な願望や、身体的状況が反映されるのです。キッチンばかりが大きな家とか、自分の部屋と母親の部屋が隣同士で、兄弟の部屋がない家などを描くこともあります。■民族と家
それぞれの民族がどのような家を作ってきたかを比べていきますと、しだいにイメージが固まっていきます。エスキモーの家やアラブの日干し煉瓦の家について話をします。日干し煉瓦とは、土をこねてそれを天日で乾かしただけの物です。それで家が作れるのです。しかし、それを日本に持って来ますと、基本的には泥ですから、雨が降ると泥が少しずつ流れていってしまいます。大雨になったら壁は溶けて崩れてしまうはずです。アラブでそれが家として使えるのは、雨があまり降らないからです。こうした話によって、家と土地との密接なつながりが意識されます。
アフリカのマサイ族の家も興味深いでしょう。彼らはウシやヤギなどの家畜を連れ、乾燥した大地を移り歩く放牧民族です。アフリカとはいえ、乾燥した土地では夜はとても冷え、家なしでは生活できません。しかし家の材料は限られています。砂を多く含む土では固まりません。すぐその場で手に入る材料でなければ家は作れません。そう説明してから、マサイ族が潅木の枝とウシの糞で家を作ることを紹介します。
こうした話から、人々が身近に手に入る素材で自分たちの家を作っていることを子どもは学びます。そこから、現代の私たちにとって身近に手に入る素材が何であるかを検討していきます。まず出てくるのが木です。実際、日本という国は木が多く、先祖たちはみな木で家を作ってきました。しかし、現在では自由に切れる木などはありません。こう考えていきますと、必然的にダンボールにたどり着きます。
しかし、ダンボールを使って安易に「家づくり」をしますと、路上生活のミニチュアになってしまう危険がありますので、何らか工夫が必要です。そして、その一つの解決策がフラー・ドームによるダンボール・ハウスです。
■フラー・ドーム
子どもの中に出来上がりのイメージがありませんと、作業のモチベーションが上がりませんし、飽きるのも早くなります。そこで、模型を見せることで、子どもたちと出来上がりのイメージを共有しましたら、かなりうまく行きました。フラー・ドームは図のような構造です。基本はサッカーボールで、正五角形と正六角形の面が組み合わされています。その五角形や六角形を平面ではなく、傘型にしたものです。ちなみに、傘型の方が平面より強度が出ます。
完全な球状立体には、五角形用二等辺三角形を5×12=60枚、六角形用二等辺三角形を6×20=120枚が必要ですが、カマクラ状の小屋では下部1/4や、窓や入り口部分が不要ですので、前者が5×5=25枚、後者が6×11.5=69枚必要になります。
作業では、ダンボールを三角形に裁断する作業に一番時間を要します。また、大型カッターを使いますので若干の危険を伴います。しかし、大人の指導があるにしても、危険なものを有効に使いこなすことも、子どもには自信になります。子どもたちが作業に飽きていると感じたら、「続きはお母さんたちに手伝ってもらおうか」と提案してもいいでしょう。私が体験したのは、きっぱりとした「自分たちでやるわい」という返事でした。
子どもが合理的作業手順を体験することも大切です。
- 厚紙製の原寸三角形型紙を用意する
- それをダンボールに当てて外形を描く
- 長めの板を定規代わりにしてカッターで裁断する
床などを傷つけないように、大人が万全の準備をしなくてはなりません。何らかの問題が起きたら、すべて「大人の準備が不十分」と考え、子どもの失敗は責めてはいけません。たとえば、カッターを当てる定規に類するものは、左手で抑える幅が十分でなくてはいけません。幅が狭いとはみ出した指を切る確率が高くなります。
- カッターでの切り方も指導する
刃を立てず、できるだけ寝かして切る:右手の小指がダンボールに触れるくらいでもよい。
力を入れて一回で切ろうとはせず、「5、6回、刃を当てて切るくらいの力でいい」と教える
■作業
切断の際には、幅のある板をガイドに使っている |
上の記述でもおわかりでしょうが、教える際には大人としてやすやすとやっている行為をもう一度意識化しなおして、どこに困難があるのかを把握し、予想可能な過ちはチェックしておく必要があります。自分が当たり前にやっていることを自覚化する、というのは必要な準備でもありますが、大人にとってはすばらしい内的な練習でもあります。しかし、チェックを十分に行っていても、考えられないような失敗というのは出てきます。
5枚(6枚)の三角形をできるだけきっちりと隙間のないように気をつけ、非常に平べったいながらも〈傘形〉になるように注意しながら張り合わせていきます。五角形の方は〈頭〉がやや尖っているので安定した形になりますが、六角形の方は非常に平面に近く、しばしば〈オチョコ〉状態になるものができましたが、そうなってしまっても大きな問題ではありません。
ドームが大地を結びつく感じを出すために、2×4材を所定の長さに切らせ、土台にしました。この際に、ノコギリによる切断の作業が生じますが、これは子どもたちのお気に入りでした。
窓枠、入り口はダンボールを接着して
窓枠と入り口は、正五角形、正六角形の枠ですから、幅8cmから10cmのダンボールを接着してその形を作ります。
土台部分の組み立て |
屋根を運ぶ |
完成!!
土台は木材です。
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