2014年7月7日月曜日

ゲーテ・シュタイナー形態学の極意


■課題「モミジについて考えてください」

こんな課題が出たら、皆さんは何を考えるでしょうか?
モミジの葉の形、葉の間を抜けてくる涼しげな風、紅葉に染まる景色、などさまざまな情景が思い浮かぶでしょう。そのどれものが間違いではありませんが、外的印象に振り回されることなく、認識の深みへと入っていくためには、それなりの方法が必要です。
そこで最も大切なのは、感覚的知覚できる事柄、たとえば、形や色に留まって、それについて考えることです。
形や色をありのままに思い起こすことが、ゲーテ形態学の第一歩といってよいでしょう。


■二通りの思い出し方

形を思い出すにあたっては、最低限、次の二つの方法があります。(他にもあるようでしたら、教えてください)

  • 写真で撮るように、外形を覚え込む
  • 形の法則から、形を内的に作り出す

上の方法は、非常に難しく、これができる人はごく希です。多くの人は、形の法則を意識はしないにしても捉えていて、それに沿って形を内的に再創造しています。実際の自然がやっているのもこの方法です。あらゆるモミジの葉は、そこにある統一的な法則に従って形成されますが、出来上がってくる形は、一つ一つ微妙に違っています。モミジの葉でも、二枚の葉が物質的に同じ形をしていることはありません。

■法則を意識できなくても、法則から再創造している

この段階で、葉の概形を描いてみるのもよい練習方法です。このblogのタンポポのところで、タンポポの葉の形を描ける人が少ないことを取り上げました。人間は、「タンポポの葉はギザギザ」というように、非常に単純に概念化してしまう傾向がありますから、実際に描いてみることで、自分の陥っている誤りに気づきやすくなるからです。「実際に見ればわかる」では不足で、最低限「内的に再構成できる」レベルに達していなくてはなりません。
このようにして形を再創造しますと、その際に感情が非常に重要な働きをしていることが分かってきます。「なめらか」とか「窮屈」とか「抑えられた感じ」等々です。色彩を思い起こすには、感情の役割がさらに重要になってきます。同じ緑でも、軽やかに感じたり、重く感じたりします。そうした感情も含めて、現象をありのままに思い起こす努力をしていくのです。

■ゲーテ・シュタイナー的形態学の第二段階

このようにして「モミジの葉を思い浮かべる」という思考を密にしていきますと、次の段階に進むことができます。この第二段階で行なうべきは、「モミジの葉を思い浮かべている自分の思考を観察する」ことです。もちろん、これは容易ではありません。第一段階の思考が安定していませんと無理ですし、思考にゆとりがなくては見えてきません。
この方法は、次の一般法則から見ても、妥当なやり方です。

  • すべての形は動きの結果である
  • すべての素材はプロセスの結果である

ここで紹介している認識法では、まず産物である《形》を思考の中で再現します。そして次に、その形を作り出している思考内での動きに着目するわけです。そして、この動きにこそ、対象の本質が現れてくるのです。それを検証するには次のようにします。
まず私たちは、モミジの葉の形を思い起こし、そこにある動きを認識しました。それができたら、同じことをモミジの枝振り、花の様子、果実の様子、葉の色の変化について行なってみるのです。初めの認識が正しければ、枝振りなど、モミジの他の性質に、《葉において見抜いた動き》と同じ質の動きを見出すはずです。いわば、モミジが一貫したモチーフをさまざまなヴァリエーションで演奏していることが分かるのです。そして、それがモミジの本質の一側面です。

■《形》から《動き》へ遡る

結果としての《形》ではなく、形を導き出す《動き》に意識を向ける、というやり方は、アントロポゾフィーでは一貫しています。きちんとした先生に習っているなら、オイリュトミーで表現するAとは、《形》ではなく《動き》だと聞いているはずです。常に動きに意識を置いた芸術なのです。ですから、オイリュトミーをすることで、ゲーテ・シュタイナー的認識力も高まっていると言えるのです。賢くなりたかったら、きちんとオイリュトミーをすることです。舞台に上がるような優雅なオイリュトミーも悪くはありませんが、地味な動きをきちんと体験することに意識を向けることで、その効果は倍増するでしょう。結果としての《形》にばかり意識が行ってしまったとき、オイリュトミーは死んでしまいます。
このような観方で外に出ますと、たとえば、イネの葉ですら、一つの謎に感じられるはずです。「細い葉は、イネだから当たり前」と考えますか?「イネ科やユリ科の単子葉植物では、並行脈」と習ったら、謎は解明されているのでしょうか?あるいは、イネのDNA配列をすべて分かれば、葉の形は謎ではなくなるのでしょうか?

■例

ドクダミの観察」などで、この方法を実践しています。

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