2014年6月9日月曜日

「マイナス×マイナス」、現象が消えるとき、拠り所は法則


負の数×負の数=正の数 を納得するために

まえがき
ここでは,負×負=正を納得してもらう一つの方法を紹介いたします.
数学でよく使われる証明ではないところが,面白いかもしれません.
証明ではなく,納得です.特にシュタイナー教育特有の方法ではありませんが、

目に見える現象に頼ることができなくなったときに、
そこにある法則を頼りに先に進む

という認識上の重要な問題を体験する機会になります。

九九表から出発

まず,自然数の九九表を作ります.これは何の問題もなく作れるはずです.
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5

九九表を作ったら,それを負の数にまで拡張した表をつくり,0の段の数字を記入します. しかし,負の数にかかわる欄は空白のままにしておきます.

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0
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-1
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1
2
3
4
5

ここで,生徒に課題を与えます.
0の段よりも小さな数,つまり負の数の九九がどうなるかを調べてみよう.
0のところには壁があって,それより小さな数の九九は少し難しいかもしれない. そうした困難にぶつかったときに,数学でよく使う手がある.
それは,今までわかっていることの中から法則を見つけ出し,その法則を頼りに新しい世界に一歩踏み出す、というやり方.
たとえば,2×(-1)を考えてみよう.
2×  5 =10
2×  4 = 8
2×  3 = 6
2×  2 = 4
2×  1 = 2
2×  0 = 0
2×(-1)= ?

掛ける数は右から左に行くにしたがい,5から1ずつ小さくなっている. それに対応して掛け算の答えは10から2ずつ小さくなっている.
そう考えると,「?」の場所の数は自然にわかると思う. こんな風に法則を利用すると壁を乗り越えることができるんだ.
つまり,表の赤の欄がわかったことになる.

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0
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0
-4
0
-5
0


それじゃ,水色の欄がどうなるか,計算してみよう.
 いったん壁を越えてしまったら,あとはそんなに難しくなく,下のような表がやがてできるはずです。

まだ藤色の欄が空いているし、それを埋めるにはやはり、法則を頼りに壁を越えなくてはなりません。
法則を探すために,まず 下の表で,青色の欄をよく見ます.すると、 ここの法則はすぐに見つかるはずです.
上から下に行くにしたがって,数が1ずつ増えています

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0
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1
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4
5

斜めの法則

次に, 斜めに並んだ数にも法則があるかを調べます. 表の黄緑色の欄です. これを右上から左下にくだってくると次のような順番になっている.

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1
2
3
4
5

15,8,3, 0,-1,0,・・・

数だけを取り出すと,こうなっている.
この数の差を見て、さらに2段目に、たとえば、15からいくつ引くと8になるかを考えてみよう.
15, 8, 3,  0, -1, 0,   *
    -7  -5  -3  -1   +1    ? 

さらに、その間の関係を見ると、次のようになります.
    -7  -5  -3  -1   +1    ? 
       +2   +2  +2  +2   +2?
(高校数学ではお馴染みですが、数列を考えていく際にも、差分の差分を計算する手法はよく使われます。)

他の斜めの欄も調べてみると,これがどんな法則なのかわかるかもしれません.

補足

もちろん,左上から右下にかけての法則も取り上げることができます.
こちらの方が未知の欄がなく,法則の全貌が見えます. これを自分で発見してくれる生徒がいるかもしれません.
という訳で,九九の表からいくつかの法則がわかってきた. この法則を利用したら,薄紫の欄がどうなるか見当がつくかもしれないね.
ここまで来たら,教師は生徒に意地悪をします.
はい,じゃー今日はここまで.
(これは本来、意地悪ではなく、「体験を翌日に再度、意識化する」というシュタイナーがアドヴァイスしている、一つの教育的方法です。)

【翌日】

翌日の授業では,見つけた法則をまとめます.
  • 上から下に表を読むと,0の段では数が変化しない.
  • 上から下に表を読むと,0の段より右では一定の差で数が小さくなる.
  • 上から下に表を読むと,0の段より左では一定の差で数が大きくなる.
  • 右上から左下へと表を斜めに見ると,数は一旦減ってから途中で増え始める. しかし,その数の差をとり,さらにその差の差をとると,いつも一定の数になっている.
  • 左上から右下へと表を斜めに見ると,数は一旦増えてから途中で減り始める. しかし,その数の差をとり,さらにその差の差をとると,いつも一定の数になっている.
ここまでお膳立てをすれば,負×負=正 を自分たちの法則として見つけるのは容易なはずです. そして,「負×負=正」という法則を天下り的に教わるのではなく,自分たちで発見してしまったのですから,それを受け入れざるをえません. つまり,「なんで 負×負=正 になるの?」 と問う必要がなくなるのです.

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「負×負=正」を理解するのにこんな手間と時間をかける必要はないと考える方もいらっしゃるかもしれません. しかし,数学を学び始めた初期に,

具体物のイメージができない場合に,法則を助けにする

という数学の素晴らしい側面を生徒たちが体験できるのです.
たとえば,n次元空間における距離も,2次元で理解されたピタゴラスの法則をn次元に敷衍(ふえん)しています.
あるいは、シュタイナー教育の高学年教育の中では、植物学、動物学においても、「動物の目に見える姿から、目に見えない理念的な姿」を捉えることを目指して、自然を学びます。これは、必ずしも容易ではありませんが。

ですので、数学においてこの体験に時間をかけるのは,決して無駄ではないと私は考えています.


■ 数学・算数関連の一覧


2014年6月7日土曜日

聖クリストフォルス(クリスト・オフォルス)2年生、聖人伝教材

2年生向けのお話として、ドイツでは定番です。日本の子どもたちも、喜んで聴いてくれます。(15分強)

以下の内容は、二つの問題があります。

  1. 著作権(誰かは不明)に発表の許諾を受けていません。(この記事で問題が生じた場合、責任は取ります)。
  2. 翻訳は、「日本語に置き換えた」というレベルで、そのまま子どもに語り聞かせるクオリティはありません。表現は各自、工夫してください。

★ 聖クリストフォルスのお話(伝承からヤーコブ・シュトライト作)

Konrad_Witz_004

『聖クリストフォルス』、コンラート・ヴィッツ、1435年頃

むかしあるところにひとりの大男がおりました. たいそうな力持ちで,大きなモミの木を根っこごと引き抜いてしまうほどでした. 大男の名はオフォルスといいました. そして,すでにあちこちの農家で仕事を終えていました. でも,どこの農家にも長居はしませんでした. なぜなら,どこでもすぐに仕事を終えてしまって,やることがなくなると退屈してしまうからでした. そして,「世界中で一番力のあるご主人を探して,その方にお使えしよう. その方ならきっと私の力を全部使ってくれるだろうから」,と独り言を言いました. こうして大男のオフォルスは村から村へ,町から町へと旅をして,一番強いご主人は誰かと尋ねてまわりました.

とうとうあるお城にやってきました. そして,ある職人が,この王様こそ世界広しと言えども一番強いお方だと言いました. オフォルスはさっそく王様の御前に出て,ぜひとも使ってくださるように頼みました. 王様は,力持ちの大男を見るなり, 「わしがお前をこれまでにないほどに役立ててやろう. お前は,わしの兵隊の中で一番の兵{つわもの}になるに違いない. お前さえいれば,どんな戦いも必ず勝てるだろう」,と言いました.

隣の国の王様が攻めてきて,町を一つ焼き払い,征服したところだったので,王様はちょうどその日に国中の兵隊を御前に集めたところなのです. そして,強い軍勢を送ろうとしていたのです. ですから,刀鍛冶に命じて大急ぎでオフォルスのための大きな刀を打たせたのです. お城にあった刀はどれもオフォルスには小さすぎたからです. 次の日,軍勢は戦いに向かいましたが,もちろん大男が先頭です.

そして,その翌日にはもう飛脚がお城に戻ってきました. 「門を飾れ,塔を飾れ.我々は勝ったぞ. オフォルスの戦いぶりはものすごかった. 他の者はただただ見ているばかりだった. 大きな刀を一振りすると敵は森の中にすっとび,山の中に砕け散った. 略奪者の王様は討ち取られた.」

すぐに街中の鐘楼の鐘が打つ鳴らされ,お城の扉や階段は花で飾られました. 王様は,闘いの勝利を祝うために広間に宴を用意させました. そして,竪琴弾きが呼ばれ,剣の舞いも用意されました.

その晩はたくさんのろうそくが赤々と燃え,オフォルスの席は王様のすぐ隣でした. 竪琴弾きは,琴の音に合せて歌を歌いましたが,その歌の中には悪魔の名前が出てきました. そのとき王様は,本当に目立たないしぐさでしたが,指で額に十字を切りました. オフォルスはそれを見て「王様は変な事をしている」と思いました. その歌は終わり,客たちは楽しくお酒を飲んでいました.

歌は気に入ったか,と王様がオフォルスに尋ねると,「王様,一つだけ不思議な事がありました.王様はなぜ突然,額に何かの印を描いたのですか」と逆に問い返しました. 「わしは悪魔の名前を耳にすると,必ずそうするのじゃ. 奴はこの世では大きな力を持っているからな」. するとオフォルスは続けて,「悪魔はあなたよりも強いのですか」と聞きました. すると王様は,「わしは一つの国を治めているが,悪魔の力は世界中におよんでいる」と答えました.

オフォルスは悪魔のことはこれまでまったく聞いたことがなかったので,これも王様の一人だろうと考えました. 「この王様よりも力のあるものがいるんだったら,ここから出て行き探さなくては. 私は一番強い王様にお仕えしたいのだから」.

次の日,オフォルスは別れを告げ,王様も彼を引き止めるのはいやだったので,彼は再び諸国を放浪し始めました. 道の途中のあちこちで,悪魔がどこに住んでいるかを尋ねました. けれども,誰もはっきりとした事は言えませんでした. 彼がそう尋ねると,ほとんどの人がその問いに驚いたのですが,それでかえってオフォルスはその知らない王様を仰ぎ見るようになったのです.

大男が暗い森の中に入っていくと,後ろから風変わりな旅人が付いてきました. 緑がかった服を着ていて,短いあごひげの先の方は尖っていて,帽子には黒い羽飾りがついていました. オフォルスはすぐに尋ねました. 「旅人よ,あんた,どこにいけば悪魔に会えるか知っているかい」. 「あんたの隣だよ.私こそその悪魔だ」,と緑色の男は言いました. 「お前さんが世界中で力を持っているというのは本当かい」. 「その通りだ」,と悪魔が答えました. 「それじゃ聞きたいんだけど,私をおまえの家来にしてくれるかい.私に何かやらせてくれるかい」と大男は尋ねました. オフォルスは悪魔が悪い事をするというのを知らなかったのです. 「仕事はあるぞ,わしについてこい」,悪魔は合図を出し,前に出て藪を斜めに突っ切っていきました.

しばらくいくと,緑の服をまとった男は,大きなモミの樹の前で立ち止まり,「これを引っこ抜け」と命令しました. オフォルスはそれを地面から一気に引き抜きました. そして,枝をはらいました. 悪魔がまた合図をすると,オフォルスは大きな樹を肩にかついでついていきました. やがて森を抜けると,男たちが何週間もかかって礼拝堂を建てているところに出ました. もう屋根の垂木は組みあがっていて,わざとかんなくずをひらひらとつけたモミの樹もすでに立てられていました. お祝いの夜だったのです. 男たちはその場を離れました. 次の日には屋根に瓦をふくことになっていたのです.

「あれを思いっきり叩き壊せ」と叫びながら,悪魔はその建物を指差しました. 太いモミの樹の幹が屋根の木をこっぱみじんにすると,壁もすぐに粉々に打ち砕かれました.

悪魔は,「初仕事は上出来だ」と誉め,にやりと笑いました.

オフォルスは新しい主人の命令に逆らうことはできませんでした. そして,さらについていったのです.

次の日,男たちが礼拝堂の仕事場にやってくると,そこは瓦礫の山でした. 一人が「これは悪魔の仕業だ」と叫びました. 「もう一度建てる前に,道に十字架を立てておこう.そうしたら悪魔も近寄れないだろうから」. そして,すぐに礼拝堂に続く道に木の十字架が立てられました. そして仕事にとりかかるべく,歌を歌い,瓦礫をまた元のように積み重ね始めました.

しばらく時がたち,その聖なる礼拝堂に屋根がかけられた頃,悪魔が再びオフォルスを連れてやってきました. 大男は今度もモミの樹の幹をかついでいます. 悪魔が先をいきます. そして,十字架のところにさしかかりますと,ぎくりと身震いし,横に跳びのき,そのまわりを大きく回って行きました. 「額に十字をきる.道の十字架.-悪魔,お前はなぜ跳びのくのだ」. 「つべこべ言わず,屋根を叩き壊せ.もう瓦までふいてある」. 「この木の意味をお前が教えてくれるまでは,一打ちだってするものか」 「あの名前をおれに言わせないでくれ」と悪魔が言いました. 「悪魔が恐がるような名前というのだから,そんなに危ないのか」,とオフォルスは尋ねました. 「お前より強いご主人がいるというのか」.

今度は悪魔がオフォルスの近くに寄って,「地上でも天でも力を持っているのが一人だけいる. これはもうこれくらいにして,いいからこっちへ来てさっさと叩き壊せ」. しかし,オフォルスは答えました. 「一つの国だけでなく,世界だけでなく,天にも力をお持ちの方がいらっしゃると言うのなら,その方こそ一番偉大な王様だ. 私はその方にだけお仕えしたい」. こう言いながら大男が木の幹を地面に放り出しますと,それはちょうど悪魔の足の上に落ちました. そして,礼拝堂に向かうと,悪魔は脅えながら足を引きずってそこから逃げ去りました.

大工さんたちが朝早くやって来ました. するとそこには,大きな幹が粉々に砕け,塀のところには大男が一人寝ていました. 大男は人の声で目を覚まし,驚いている男たちの前に出て来ました. 彼らが恐がっている事など意に介さず,木の十字架を指差して尋ねました. 「このしるしを持っている王様というのはどんな方だい」. 大工さんたちは「俺たちは家を建てるのが仕事だから,そいつはよくわからねぇ. でも,お日さまが上ってくる方に1時間くらい行ってみな. 川があって,その上の岩の洞穴に隠者の爺さんが住んでいるから,そこで聞いてみな. 爺さんなら何か知ってるかもしれん」.

オフォルスが道を進んでいくと,男たちが説明してくれたものはみなありました. そして,川から岩によじ登っていきますと,洞窟に続く狭い道がありました. 彼の庵に入って来た大男を見て,隠者は驚きました. 「何をしりたいのじゃ」. 「爺様,教えてくれ.どこへいったら,地上でも天でも力をお持ちの王様に会えるかい.」,とオフォルスは口を開きました. 「その方と出会うには二つの方法がある」,老人が答えました. 「第一の方法は,まず,わしのように静かな場所を探しなさい.食べ物はあまり食べないで,聖なる書物の物語を読むのじゃ」. 「そんなこと,俺にはできねぇ」とオフォルスは答えました. 「俺は字も読めねぇし,じっとしているのも好きじゃねぇ.俺の腕を見てくれ,こいつは何かをやりたがっているんだ」.

隠者はうなずき,話を進めました. 「それでは第2の方法を聞くがいい.すべての力を出し尽くして,人々に仕えなさい. 下に大きな川があるのが見えるじゃろ.橋がかかっておらん. それでも,たくさんの旅人が毎日,川をわたろうとしている. さあ,降りていって,川岸に小屋を建て,お前の力強い肩に人々を背負って,川を渡らせてやりなさい」.

「それこそ,俺の仕事だ」,と大声を出し,隠者に礼を言って,下に戻って行きました. 川岸にはすぐに小屋が建ち,そのときから大男が旅人をいつでも川をわたしてくれました. それでも,お金をもらう事など,まったく考えもしませんでした. そして,パンや果物をもらうと,それに礼を言うのでした.

そうして1年が過ぎました. オフォルスは隠者のところへ上って行き,「偉大な王様は,おいでになりませんでした.」と言いますと,老人は「もう1年,旅人を渡しなさい. そうしたら,やがておいでになるでしょう」,と答えました. それで,心の正しい大男は,再び川岸に戻りました. こうして,毎年毎年,大男は隠者のところに上って行きました. けれども,彼の主人となってくれる王様は現れませんでした. 老人の言いつけにしたがって,大男はもう7回も川岸に下って行きました. それでおオフォルスは,不平はいいませんでした.

荒れ狂うような嵐の夜,オフォルスは小屋の中で深い眠りについていました. ところが,突然目覚めました. 向こう岸で誰かが呼んでいる声をはっきりと聞いたのです. 彼は起き上がり,頑丈な杖を持って,荒れ狂う流を渡り始めました. しかし,向こう岸について見ると,そこには誰もいませんでした. ただ,風がものすごい勢いで木々を鳴らしているだけでした. 「眠っていて,風が鳴る音を聞いたのだろうか」,そう思って,大男は小屋に帰ってまた床につきました.

しかし,再び眠りに落ちるか落ちないかのときに,彼はびっくりして目を覚ましました. 子供が呼ぶ声がはっきりと聞こえたのです. オフォルスはもう一度,川を渡り始めました. 波は前ほどではなく,風も少しおさまっていました. しかし向こう岸に渡って見ると,どんなに目をこらしても,誰もいませんでした. --- 闇に向かって呼んでみました. けれども何の返事もありません. 「変だな,確かに誰かが呼ぶのが聞こえたのに」,とひげの中でつぶやきました. でも,小屋に戻るしかありませんでした.

3回目に目を覚ましたときには,風も波もおさまっていました. そして,「オフォルス,川を渡してください」という銀の鈴を鳴らすような声が聞こえました. 小屋から出て見ると,向こう岸から光り輝いてくるものが見えました. そして,その光の中に子供が立っていて,オフォルスを待っているのでした. オフォルスが川を渡って行きますと,かわいらしい姿が光に包まれているのがはっきりと見えました. 川を渡ると,彼はその不思議な子供の前で身をかがめ,大切にその子を肩の上に載せました. 川を渡って帰ろうとしますと,子供が肩の上でだんだん重くなって行きました. そして,一歩進むたびに深く膝を曲げなくてはなりませんでした. 風や波も再び激しくなって行きました. 高い波が押し寄せ,彼の服やひげを濡らしました. 川の真ん中に来たときに,とうとう彼は膝を折り,水に沈みました. まるで地球全部が肩の上に乗っているようでした. もう溺れてしまうと思って,頭を上にあげ,「子供よ,お前はなんと重たいのだ」と弱気になって言いました. すると,肩の上から輝くような声が聞こえました. 「オフォルス,お前は地球より大きな物を運んでいる. お前が今,肩に載せているのは,その地球を創った者なのだ」. 彼が仰ぎ見ますと,彼の上には高貴な光の姿が見えました. その顔はまるで太陽のように輝き,頭の周りには星々が冠のように輝いていました. それは,主キリストでした. 「お前は7年間,私を待ち続け,人々に誠実に仕えました. だらか,お前に私の名前を授けよう. これからは,クリスト・オフォルスと名乗るがいい. そして,小屋の脇にお前の杖を立てるがいい. その干からびた木から緑の葉が出て来たら,お前は私の元にくることになるだろう」.

光は消え,肩は再び軽くなり,星が前と同じように輝いていました. クリスト・オフォルスは立ち上がり,小屋に向かい,杖を大地深くさして立てました.

3日の後,旅人が何回も小屋の中の大男を呼んでみましたが,無駄でした. 小屋からは誰も出て来ませんし,背負って川を渡してもくれません. 小屋の扉のところに来てみますと,大地にさした大男の杖がありました. そして,そこには幾重にも緑の葉が繁っていました. 大声で彼を呼んでみましたが,出て来ませんでした. 小屋の中には,命を失った身体だけが横たわっていました.

この知らせを聞いて,昼も夜も,どんな天気でも彼が渡してあげたたくさんの人が,遠くからも近くからもやって来て,彼の死を悼みました. 隠者のところへも知らせの者がむかい,見て来た事を話しました. すると老人はうなずいて,こう言いました. 「大男を墓に葬ってやりなさい. クリスト・オフォルスは最も偉大な王様に出会う事ができた. わしはまだその方を待たなくてはならない」.

ヤーコブ・シュトライト作(森 章吾下訳1998)

2014年6月5日木曜日

水晶の物語

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■シャボン玉を吹く光英ちゃん

ある日の午後、なぜか近くのお友達はみんな都合が悪く、光英ちゃんは一人で遊ばなくてはなりませんでした。そこで、お母さんに石鹸水を作ってもらい、シャボン玉遊びをすることにしました。そうっと膨らますと大きなシャボン玉ができるし、勢いよく膨らますと小さなシャボン玉がたくさんできます。光江ちゃんは近くの秘密の場所を知っていました。そこは、森の間を抜けてくる風がゆるやかに吹いていて、シャボン玉がとりわけ優雅に踊ってくれるのです。光英ちゃんが吹く毎に、シャボン玉はいろいろな踊りを見せてくれます。でも、石鹸水がもうなくなりそうです。そこで、最後に一つだけできるだけ大きなシャボン玉を作ろうと思って、息をいっぱい吸い込んで、丁寧に丁寧に膨らませました。うするとそれは、一番やさしい風に乗って、静かに静かに上へのぼっていきました。少し上がると、そこにキラッと光るものが宿ったように見えました。すると、風も吹いていないのに、ゆらゆらと上がったり下がったりしながら、進み始めました。光江ちゃんはその光が不思議でたまらず、シャボン玉の後をついていきました。

■洞穴の入り口

シャボン玉はそんなに遠くまでは飛びませんでした。だんだん低くなり、草の尖った葉っぱの先をかすめて、もう地面につきそうです。地面につけば、パチンと壊れてしまいます。光英ちゃんは少し身を固くしました。ところが、不思議なことにそのシャボン玉は地面に吸い込まれていき、そこにはちょうど子供が通れるくらいの穴があいたのです。
光江ちゃんは、本当はちょっと恐かったのですが、「外の光が届くところまでなら大丈夫」と思って、少しだけ入ってみることにしました。
でも、5歩も進むともう真っ暗です。恐くなってそこにじっと立っていると、しだいに目が慣れ、また先へ進む道が見えてきましたし、先に行ったシャボン玉がちょっと光ったようにも見えましたから、「あと10歩だけ進んでみよう」と決心して、また洞窟の中を10歩だけ進んでみることにしました。ところが、7歩進んだところで角を一回曲がりましたから、10歩進んだときにはもう完全に真っ暗です。「こんな中で迷子になったら大変だわ」と思って、光英ちゃんは引っ返すことにしました。

■奥への入り口と門番

ところがそのとき、声がしました。
「ようこそ、秘密の洞窟へいらっしゃいました」。
そう言われて光英ちゃんは両手を前に出してみました。するとひんやりとした岩の手触りがして、本当のそこが洞窟の終わりだとわかりました。でも、不思議な声はまだ続きました。
「光英ちゃん、あなたは私たちの大切なお客さんです。ですから、もしあなたが望むなら、その岩を押してみなさい。その扉を通ってもっと奥までいかれます」。
光英ちゃんが岩を押してみると、確かにその岩の扉は信じられないくらい軽く開き始めました。すると、また声がしました。
「その前に、一つだけ、大切なことを言っておかなくてはなりません。嘘をついた人はここに入ってはいけないのです。いいですか」。
光英ちゃんは、
「私は嘘をついたことはないわ。だから平気よ。」
と言って、一歩、踏み出そうとしました。その瞬間、ちょっとした嘘をついたことを思い出しました。
「あっ、ごめんなさい。私、この間、お母さんにお手伝いを頼まれたけれど、やりたくなかったから、「おなかが痛い」って言っちゃったの。そうしたら、お母さんは心配してリンゴジュースを作ってくれたの」。
「それは小さな嘘かもしれないね。でも光英ちゃんは自分がついた嘘に今気がついて、それを正直に言っておいてよかった。小さな嘘のために大変なことになってしまっている人もたくさんいる。嘘をついたまま、この岩の扉を抜けると、本当に大変なことになるんだよ。他に嘘がなければ、必ず帰ってこられるから、安心して中に入っていい」。

■光が灯る岩の中を歩く

光英ちゃんが中に入ると、そこは決して暗くはありませんでした。透明な静かな明かりがあちこちに灯っているのです。大地の奥底につながる道も曲がりくねっていはいましたが光に照らされ、迷う心配などまったくありませんでした。
しばらく歩くうちに、周りから時々、「ウウッ、ウウッ」という声が聞こえてくることがありました。よく目を凝らしてみると、痩せて傷だらけになった人間です。助けてあげたくても、どうしても手が届きません。いくら声をかけてあげても、何も聞こえていないみたいです。すると、扉のところで聞いた声がまた教えてくれました。
「彼らは、嘘をついたことを隠したまま、この洞窟に入り込んだので、こうしてずっと闇の中をさまよわなくてはならなくなってしまったんだ。そして、お前がいくら手を差し伸べても、声をかけても、決して通じない。彼らは洞窟の闇をさまよい、お前は光に満たされた岩の中を歩いているからだ。もしお前が迷った人たちを助けたいと思うなら、彼らがここに入ってくる前に助けてあげなくてはいけない。ここにきてしまったら、自分で自分を助ける以外に道はないのだから」。
道に迷った人たちを助けてあげられないと聞いて、光英ちゃんは少し悲しくなりましたけれど、光に照らされた道はさらに続きますし、光はますます明るくなり、色も花のようです。この先の世界を見たくて、光英ちゃんはどんどん先に進んでいきました。
道はどんどん下って、ますます深く潜り、黒っぽかった岩がだんだん赤くなってきましたし、道の全体が光り始めていました。そんな深みを越えると、道はしだいに上に向かい始めました。

■光の粒を集める小人

光英ちゃんが少し上っていくと、広い野原のようなところに出ました。普通の野原には花が咲いていますが、この野原には花はありませんでした。その代わり、野原全体が金と銀に輝いているのです。そのまぶしい光に目が慣れてくると、実はそこに金色の小人と銀色の小人が走り回って働いているのが見えてきました。金色の小人は金色の袋を持って金色の粒を追いかけては集め、銀色の小人は銀色の袋を持って銀色の粒を追いかけては集めているのです。
光英ちゃんも光の粒を取ろうとしましたが、粒はあまりに速くヒューヒューと飛んでいるので、取ることはできませんでした。
すると、小人が話し掛けてきました。
「人間のあんたにゃー、この仕事は無理じゃ。わしらの指を見てごらん、こんなに細くて、しかもすばやく動くから、どんなに小さくすばやい粒だってのがしゃしない。それにこの仕事をもう何万年もやってるからなあ、ちょっとした手触りで金色の粒と銀色の粒を区別できる」。
「この金色の粒と銀色の粒って、いったい何なのですか。どちらもとってもきれいですけれど」。
「それを聞かれても、わしらにはわからん。わしらは集めるだけだからな。ただ、集めるときに絶対にこれを混ぜちゃいけないときつく言いつけられているんだ。集めた粒は、まず婆様のところへいき、最後にはお城にいくことになっているから、王様に聞けばこの金色の粒と銀色の粒が何か、教えてくれるはずだ」。
そう言って小人はまた黙々と、粒を集め始めました。

■小人の老婆が光の粒を大きな鍋の中で水に溶かす。

光英ちゃんはその野原を越え、また道を少しのぼっていきました。すると、道の両側に古い小屋が一軒ずつ建っていました。さっきの小人たちが集めた金色の粒は、右側の丸い窓の小屋に、銀色の粒は左側の四角い窓の小屋に運ばれていきました。
両方の小屋の中にはそれぞれ小人の老婆がいて、金色の粒は丸い鍋で、銀色の粒は四角い鍋で水に溶かされていきました。金色の粒も銀色の粒も、水に溶けるときにはきれいな鈴のような音を出しましたから、この2つの小屋の近くにはいつも美しい音楽がながれていました。それぞれの老婆が、粒を鍋に入れ終わって、小屋の外に出てきたので、光英ちゃんは2人に挨拶をしました。
「こんにちは、私、光英っていいます。始めまして」。
すると老婆はにこっと笑って、
「私らは双子でな。私は金色の粒を丸い鍋で溶かすキンで、もう一人は銀色の粒を四角い鍋で溶かすギンって言う。もう何万年もここで働いているけど、始めたときから、婆さんだったな」。
と言って、二人はカラカラと笑っていました。
「この金色の粒と銀色の粒は、何なんですか」と光英ちゃんが尋ねましたが、ギン婆さんが「そりゃ、王様に聞いてくれ」
と言うので、それ以上は聞かないことにしました。毎日、お城から使いがやってきて、その日に溶かした金の粒を溶かした丸い鍋と、銀の粒を溶かした四角い鍋を取りにくるのでした。その鍋は、お城に向かう間中、鈴のような音をたてて、あたりを音楽で満たしていました。光英ちゃんも、そのお城からの使いについて、お城に向かうことにしました。
お城に鍋が届くと、すぐにわかりました。大理石でできたお城では、鈴のような音色がとりわけ美しく響くからです。

■王様とお后様、そして王女様

鍋が届くと、お城の大広間ではさっそく儀式が始まりました。着飾った家来たちが見守る中で、王様とお后様がバルコニーの両側に立ちました。近くには、さきほどの鍋を持った家来がいます。王様の横には、金色の粒を溶かした丸い鍋を持った家来が、お后様の横には銀色の粒を溶かした四角い鍋を持った家来がつきました。
2人の準備ができると、これから始まる大切な儀式を告げるファンファーレと共に美しく着飾った王女様が真ん中に現れました。そして、すべての家来が見守る中、王女様はシャボン玉を膨らまし始めたのです。その膨らんだシャボン玉の中に、今度は王様とお后様が金色のしずくと銀色のしずくを入れました。すると、そのしずくはシャボン玉の中で、鈴のような響きをたてながら透明な水晶に変わったのです。水晶が入ったシャボン玉はお城の窓を抜け、どんどん高くのぼっていきました。それを見ていた家来たちは、いっせいに歓声を上げ、拍手でそのシャボン玉を見送りました。
王女様がもう一つシャボン玉をつくると、また両側から王様とお后様がシャボン玉の中に金色のしずくと銀色のしずくを入れ、新しい水晶が生まれました。
光英ちゃんは驚いて、声も出せずに広間に立っていましたが、もうひとつシャボン玉を作ろうとした王女様が光英ちゃんに気がつき、声をかけました。
「あなたは誰、ここまでやってきた私たちの大切なお客様。ぜひ、ここまで上がってきてください。」
家来たちも大歓迎で、光英ちゃんをバルコニーまで導いていきました。そして、王様の前で光英ちゃんはこう言いました。
「私は光英といいます。今日は、こんなにすばらしい儀式を見せていただいて、どうもありがとうございます。私は、小人たちが金の粒と銀の粒を集めるところも見てきましたし、老婆がその粒を鍋で溶かすところも見てきました。でも、この金の粒と銀の粒が何であるかは、誰も教えてくれませんでした。ただ、王様だけがご存知だと言っていました。王様、お願いですから、それが何なのか、教えてください。それから、私にはお父さんもお母さんもいて、もうそろそろお家に帰らないと、お家ではたぶん私のことを心配しています。どうか、私をお家に帰らせてください」。
すると王様は、
「金の粒と銀の粒か。これは大切な秘密だから、誰にも言ってはいけない。しかし、お前は正直だから、家に帰っても、決して誰にも言いはしないだろう。だから、特別に教えてやろう。
まず、銀の粒じゃ。この粒がここにあるのは、星のおかげじゃ。遠くの星のきらめきがここではこうして銀の粒になるんじゃ」。
「それじゃ、金の粒は?」
「金の粒は、光英ちゃんや、世界中の人たちのおかげて、ここにあるのじゃ。
そう、人には、美しい心と醜い心があるのは知っているな。けがをした人を助けたり、自分の食べ物を飢えた人に分けてあげたり、するのが美しい心じゃ。でも、そんなすばらしいものが、その時だけでなくなってしまうと思うかい。どんなに小さなものでも、美しい心はここにやってくる。そしてそれが金の粒になるんじゃ。
わしらは、人間の美しい心からできた金の粒と、星からできた銀の粒をきちんと混ぜなくてはいけないんじゃ。まぜかたを間違えると、せっかくの金の粒や銀の粒からちゃんとした水晶ができなくなってしまうからじゃ」。
すると、お后様も言葉を添えました。
「今日は、王様が金のしずく、私が銀のしずくをシャボン玉の中にいれましたが、これを逆にして、王様が銀のしずく、私が金のしずくを入れると、紫色の水晶ができるんですよ」。
「いずれにしても、美しい水晶の中には、遠くの星のきらめきと、人々の美しい心が宿っている。だから、水晶を持っていると、人は自分の美しい心を思い出すのじゃ」。
「これは、大切なことだから、まだ秘密にしておいてね。これを悪魔が知ると、私たちは純粋な水晶を作れなくなってしまいますから」。

■光英ちゃんがシャボン玉を吹き、それについてお家に戻る。

「王様、お后様、どうもありがとうございます。でも、私はどうやってお家に帰ったらよいのでしょう。お父さんやお母さんが心配しています」。
「そんなのは簡単よ」、
と王女さまがいいました。
「あなたも、シャボン玉を吹いて、それにつかまっていけばいいのよ。シャボン玉がお家まで連れていってくれるから。さあ、こっちに来てシャボン玉を吹いてご覧なさい」。
そういわれて、光英ちゃんは王女様の代わりに、シャボン玉を吹きました。それは大きすぎず小さすぎず、光英ちゃんが捕まるのにちょうどよい大きさでした。自分で吹いたシャボン玉に捕まると、フワッと身体が宙に浮かびました。
すると、王様とお后様が、「これは私たちからの贈り物」といって、光英ちゃんが吹いたシャボン玉の中に金のしずくと銀のしずくを入れてくれました。するとそこにはひときわ透明な水晶ができ、美しい響きがあたりにこだましました。家来たちはいっせいに立ち上がって、このすばらしい光景に見とれ、拍手でシャボン玉につかまった光英ちゃんを見送りました。
「透明な水晶と同じように、光江ちゃんの心も育ちますように」
とお后様が祝福の言葉をくださいました。
光英ちゃんはいつものように目を覚ましました。誕生日の朝、枕元には透明な水晶が置かれていました。

































《風》元素の重要な一性質

■《風》元素と水晶


四大元素を軸に現象を考察するためには、地水風火それぞれの質を知っていなくてはなりません。たとえば《地》では重さや形といった概念と関係しますし、《水》では、流れやつながりと関連します。もちろん、《火》や《風》のさまざな概念と関係しますが、その中の一つを「水晶の結晶」との関係で取り上げます。


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■《風》(空気)は透明であり、存在感がない


《風》が最も《風》らしいのは、遠くの山がクリアに見えるときです。視界が悪くなるときには《水》の要素が強くなっていることは経験からも分かります。つまり、《風》は媒体として他者の様子を伝える役割を担っていますし、それは視覚だけでなく、聴覚や嗅覚でも同様なことが言えます。《風》は、自己主張せず、他者のための場を用意する存在なのです。私たちの中にも、そうした風的要素がありますし、また必要でもあります。しかし、逆に過剰である場合には、問題になります。

■70℃で沸騰する水


減圧沸騰(再沸騰)と言っても、ご存じない人も多いかもしれません。私の場合は、中学校の理科の尾崎先生がデモンストレーションしてくれたのを覚えていますが、すべての中学校で行なわれている訳ではないでしょう。
再沸騰の現象

1.フラスコ内で水を沸騰させる
2.沸騰した状態で、ゴム栓で密閉し、火を止める
3.やがて、沸騰はやむ
4.さらに温度を下げていくと70℃から60℃、再び、沸騰が始まる。

理由は、フラスコ内の圧力が下がって、水の沸点も下がるからです。富士山の山頂では、お湯が十分に高温にならずに沸騰してしまい、お米が上手に炊けない、といったことが知られています。
減圧沸騰についての動画もあります。実験で確認できない場合は、こうしたものも有効でしょう。
https://www.youtube.com/watch?v=9v6knHc7FHw

20年くらい前に、この実験を学習障害のある中学生とやったことがあります。その時に、この動画でも見過ごされている、ある重要な現象に気づいた子が居ました。

鍋でお湯を沸かしますと、沸騰を始まりから見ることができます。鍋の底に泡が出来はじめますが、初めはそうした泡はすぐに消えてしまいます。底で大きくなるものの、上昇するにしたがって小さくなっていくのです。ところが、再沸騰では、泡の大きさ変化が逆向きで、底の方で出来た小さな泡が、上昇するにしたがって、大きくなっていきます。これは動画でも確認できます。実は、この現象が水晶の結晶化と密接な関係があるのです。

■水晶はどのようにして結晶化するのでしょうか?


特別なやや硬い丸い石を割ると、中が空洞になっていて、そこに水晶の結晶ができています。

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マグマがゆっくりと固まる際に、結晶化しやすい成分が密になることがあり、その部分をペグマタイトと呼んでいます。

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ペグマタイトの画像(岐阜大学のサイトより)

そのペグマタイトが地表に向かって上昇してきますと、さらに温度が下がり、また圧力も下がります。これに伴って、ペグマタイトに含まれる水も、しだいに変化していきます。水は100℃で沸騰しますが、これは1気圧の場合で、圧力が下がれば沸点も下がることは述べました。逆に、圧力が高くなりますと、沸点も上昇し、より100℃以上でも液体です。これは圧力釜の原理です。この圧力釜よりさらに圧力を高めていくと、300℃以上でも液体状態を保てます。(ちなみに、水の場合、 温度647 K (374℃)、圧力 22.064 MPa(218 気圧)で、臨界状態に達し、液体とも気体とも言えない状態になります。)そうした、高温高圧の水に水晶の成分であるケイ酸が含まれていると考えてください。

■結晶は泡の中に

このケイ酸を溶解した高温高圧の水を含むペグマタイトが地中深くから、地表に向かって上昇しますと、温度も圧力も下がります。この圧力がある水準を下回ると、中に含まれている水が沸騰をはじめ、ペグマタイトの中に水蒸気の泡ができます。その泡の中では、水分が益々少なくなり、溶解していたケイ酸が結晶として析出をはじめます。このように、岩の中にできた空洞に結晶ができるのです。もちろん、この空洞の大きさはまちまちで、ブラジルなどでは、結晶がちりばめられた小部屋ほどの大きさのものもあったそうです。

泡が大きくなるか、小さくなるかは、シャボン玉吹きの経験から考えてみてください。どういうときに、大きな物ができ、どういうときに小さな物が多数できるでしょうか。
結晶という存在が実現するためには、このように《泡》が必要でした。つまり《風》の元素が「他者のための場」を作ってくれたのです。

結晶の採集では、このペグマタイトの識別が重要です。山道を歩いていて、ペグマタイトを見つけたら、そこを登っていけばペグマタイトの露頭が見つかる可能性があり、さらにそこには各種の結晶が見つかる可能性があります。山へ行ったら、花崗岩の結晶の大きさにも注目してみませんか。

2014年6月3日火曜日

水が陸地の形をつくる場合

■現代自然科学の思考法


現代自然科学の思考法は、物質主義に非常に汚染されています。あらゆる事柄の基盤は《物》である、という迷信に「科学的な物の考え方」という美名の元に洗脳されています。健康を考える際にも、ビタミン、DHA、コラーゲン等々、「身体にいいと言われる物質」を摂取することで、健康を保てると考えます。そして、実際にこのサプリ摂取という方法はある程度機能しますから、その信奉者は増えるばかりです。

あるいは、すべての生命現象はDNAが原因であると考えられています。そして、もちろんこれは間違いではありません。ただし、どの程度まで正しいのかを吟味している人は、多くはありません。ここでは、このDNA原因説の捉え方の一つの可能性を提示するにとどめます。

生命現象がDNAを基礎に成り立っているのは正しい。しかしそれは、小説が特定の文字配列で成り立っている、というのと同等の正しさである。

■四大元素論はアントロポゾフィーの必須科目


さて、「物質を基盤に現象を考える」視点で物事を捉えますと、生体なども、まず物質が存在し、その物質の諸性質の結果として、器官が生じる、と考えます。ところが、シュタイナーの言葉を理解するためには、こうした物質主義的な発想から離れなくてはなりません。そうではなく、四大元素(地水風火)を思考の基準にする必要があります。この視点から物事を実際に考える例は、このblogでさらに取り上げていきます。いずれにしても、まず四大元素的思考に慣れる必要があります。

■《水》が《地》の形を決める


四大元素的に考えますと、《形》という性質は、《地》の要素と密接にかかわっています。液体の形や気体の形というのは想像しにくいでしょう。そして、《流れ》という性質は《水》とかかわります。この《地》と《水》の関係は、《地》の形が《水》のあり方を決めていると考えることがほとんどです。上流のせせらぎの流れは、地形が決めていますから、すべてがそのように決まっていると考えがちです。

しかし、現象をよく見ていくと、流れが形を作り出す例もあります。図は、千葉県の九十九里浜の海岸線と函館の海岸線の比較です。両端に硬い地形がありますと、そこに特定の流れが生じ、その流れの結果として弧を描く地形が生まれます。

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あるいは、川の三角州(デルタ)も同様です。川が開けた海に一気に広がると、その間に流れがゆっくりな部分ができ、砂州が生まれます。
地球科学を学びますと、硬い山の形ですら、造山運動という《流れ》の結果であることがわかります。あるいは、駅前の放置自転車の配列も、(人の)流れの結果とも言えます。したがって、人の流れを考慮すれば、駅前放置自転車は減らせるはずです。

このように、《地》が《水》の様子を決める場合も多くありますが、それでも《水》が《地》の様子を決めている場合もあることを忘れてはいけません。地水風火で言えば、《地》が一番濃密で、《火》は一番希薄です。それゆえ、濃密なものが希薄なものの様子を決める、と考えられることが多いのですが、希薄なものが濃密なものの様子を決める場合もありますし、それは重要な意味を持ちます。

■動物は《熱》から始まる


『農業講座』第7講の最後でシュタイナーは、地水火風の視点から動物と植物のあり方を説明しています。

動物と植物

第七講図02a

動物は《熱》と《風》の中では、個として存在しているが、《水》と《地》としては、植物から素材を受取り、それを体内で変化させている

植物は《水》と《地》の中で固有の存在であるが、《熱》と《風》は地中でそれを体験するだけで、内に取り込むことはしない

と述べています。(ちなみに、イザラ書房刊の翻訳では《地》も「大地」と訳しているので、読解には注意が必要です。)
この文章を理解するために、動物については、まず、《熱》素材からなる環境の中に《熱》素材からなる哺乳動物が居ると考えてみましょう。サーモグラフで捉えた動物の映像が、その物質的イメージかもしれません。熱世界の中に熱動物が居ます。冷たい環境に居るホッキョクグマなどは、熱存在として際立っているでしょう。この熱動物の形態は動物の形態とほぼ同じでしょう。

この現象に対し、物質主義は次のように考えるでしょう。つまり、動物を作っている肉体があって、そこでの代謝の結果として熱が生じているので、目に見える動物身体の姿と同じような熱身体が生じる、と。しかし、シュタイナーの霊学では原因と結果を逆に考えます。まず、熱からなる動物の身体があり、そこに物質素材が満たされて目に見える動物の姿になる、と考えます。そして、動物はこの熱形態は自ら作り出すことができるのに対し、《地》と《水》、つまり固体的なものや液体的なものは自分の力だけでは自分化できず、植物からそれを得ている、というのです。ライオンがシマウマを食べるにしろ、シマウマの栄養源は草ですから、すべての動物の栄養源は植物と言えます。《地》的素材である炭水化物を、実際、すべての動物は植物だけから得ています。

このように、《熱》からなる身体を考え、そこに素材が満たされていく、というイメージは非常に重要です。私たちの病気でも、身体の《熱体》に問題があると、言い換えると部分的に《冷え》があると、それが病気の原因になります。たとえば、動脈硬化は、シュタイナー医学では、そうした局所的な冷えと関係していると考えます。

2014年6月2日月曜日

水はどう動く、どう動きたい(水の本質的な動き)

フロー・フォーム

wasser1 (画像提供:村上智さん)

1987年頃にアントロポゾフィーの総本山であるドルナッハを訪れた際に、フロー・フォームというのを観ました。つぶれたハート型のような水盤を順次水が降りてくる仕掛けです。そこでは水がレムニスカート(8の字型)を動いていました。その時の説明では、それが水の浄化に役立つとのことでした。当時の私の感想は、「激しく眉唾」で、「アントロポゾーフはレムニスカートが好きだから、根拠もなく、無邪気に浄化に役立つなどと考えたのだろう」、くらいに思っていました。

水はどう流れるか

水は地形に沿って流れる、これは言うまでもないでしょう。

flow

水は周囲の硬い物体の影響を受け、形も動きもそれに沿ったものになります。たとえば、山間を流れるせせらぎは周囲の岩の形で流れの方向や様子が決まります。石の配置を変えれば水の流れも変わります。

水はどう流れたいか

水には意志はないですから、「流れたい」という擬人化は、ちょっと大げさですが、開けた土地で流れ方に可能性が与えられますと、特定の現象を示します。

そんな現象を1991年、ヨーロッパに向う飛行機でシベリア上空から見ることができました。川の蛇行の様子が美しく見えたのです。その写真がどうしても撮りたかったのですが、その時はカメラも持っていませんでした。その後も、シベリア上空を飛ぶ機会は多くはありませんし、広大なシベリアのどの辺だったのかも定かに覚えていませんでしたから、よっぽどのことがない限りその写真は手に入らないだろうと諦めていました。

ところが、ネット時代になって状況が一変しました。Google Earthでは地球上のさまざまな地点の航空写真が見られますので、シベリア上空をネットで飛んでみました。すると、私がかつて見た地点かはわかりませんが、大河が蛇行する様子が綺麗に見られたのです。

river

このように、平地に出てきますと川の状況が変わります。初めのうち、川は直線的に流れます。しかし、時を経るにつれて蛇行を始めます。そこにやがて三日月湖ができます。上の画像でも、所々に三日月湖が見られます。

平地での川の振る舞いを見ますと、「蛇行」がキーワードと言えます。

線描による実験

ここで簡単な実験をしてみましょう。

  • 空中に指で縦の線を引いてみてください。
  • 次に、それを左右に波打つ線にしてみてください。

flow_001

 

  • その波をさらに深く、左右にえぐるように描いてみてください。 すると、これは川の蛇行のような線になるでしょう。

 flow_003

  • ここで左右のえぐりはそのままに、下に流れる速度をどんどんゆっくりにしてみてください。 ここまで来ると、現実の川ではショートカットが生じ、取り残された部分が、三日月湖になります。
  • そして、最後には下向きの動きを完全に止め、左右にえぐる動きだけにしてみてください。このとき、指先はどのような動きをしているでしょうか。

flow_004

間違いなくレムニスカートです。ここでは「下向きの流れ」を取り除いて考えています。この「下向きの流れ」は重さ、つまり地のエレメントの働きで生じますから、それを取り除くということは純粋に水のエレメントに近づいていることになります。そして、その動きがレムニスカートなのです。


 つまり、川が蛇行するという現象は、水が自由に動けるなら水はレムニスカートを動く、という方向を示していますし、さらに言えば、水の持つ本質的な動きがレムニスカートだと言えるのです。

youtubeのFlow Form の動画を張っておきます。

 このことに気づいたとき、私はフロー・フォームのことを思い出しました。フロー・フォームでは、水に水本来が持つ動きをさせていることになるのです。物質的な意味での浄化が行われるかはわかりませんが、水にとっては素晴らしい保養にはなるはずです。また、本来の姿とはその対象が見せる最も美しい姿でもあります。

2014年6月1日日曜日

梅の話(小学校低学年向け)

昔、美しい山の見える川筋に小さな村がありました。春になると近くの丘は花で一杯になり、鳥のさえずりも賑やかでした。ところが、ある年のことです。雪の将軍が去ろうとしないので、冬がなかなか終わりませんでした。いつもならサクラやツツジが咲く春になっても雪がとけません。村人たちは少し驚いて

「これから、毎年毎年冬が長くなって春や夏がもっともっと短くなっていくのではなかろうか。心配だな。そうなっても大丈夫なように米や食べ物をいつもよりたくさん蓄えておくことにしよう。」

と言って、短い夏に一生懸命に働いて、無駄遣いをやめ、夏が短くても育つ大麦をたくさん蓄えました。

しかし、次の冬が来るともっと大変なことがおこりました。冬に積もった雪が春の終わり頃になってやっと消えたのです。その上、夏もちっとも暑くなりませんでした。人々はこれは大変だと思って一生懸命に働いて、無駄遣いをやめ、夏が短くても育つライ麦をたくさん蓄えました。

こうして3年目にはソバを、4年目にはマメ、5年目にはヒエを蓄えました。ところがその次の年にとうとう、恐るべきことが起きてしまったのです。冬に積もった雪が夏まで残り、その雪がとける前に新しい雪が降り始めてしまったのです。雪に覆われた地面では人々はもう作物を作ることができません。けれども、賢い村人たちは蓄えた大麦やライムギ、ソバやマメ、そしてヒエを食べて生き延びることができました。

初めのうちはよかったのですが、夏の来ない冬が7年も続いて、蓄えていた食糧もとうとう残り少なくなってしまいました。食べる量を半分にすれば、この一冬はどうにか乗り越えられます。けれども、春になっても夏になっても雪がとけず、新たに作物を作ることができなければ、秋には人々は皆飢え死にするしかありません。その時、村の年寄りたちは

「もし次の夏もこのまま雪がとけなかったら、この村はみんな滅んでしまうだろう。私ら年寄りが今死んで、若者たちに食料を残せば、彼等はもう一回、冬を越せる。そして大切な村も残すことができるかもしれん。村のため、若者たちのために私たちが犠牲になろうではないか」

と相談していました。

実際、人々はとてもお腹がすいていて、ちょっとしたことで喧嘩をするようになっていたのです。そして、ある日、年寄りたちは決めました。

「明日、村のため若者たちのために私たちは犠牲になろう。だから、今夜は家族と最後の別れをすませよう。」

この様子を天からうかがっていた神様は

「これは大変なことになった。春をこさせないようにしている雪の将軍を一刻も早く追い払ってやらなくてはなるまい。そして7年前のように春がやってくることを村人たちに早く知らせて、この心やさしい年寄りたちの命を救ってやらなければ。」

と考えました。

そこで神様は草や木を呼びました。

「お前たちのだれか、雪の中で花を咲かせて春が近いことを人々に知らせてやってはくれないか。」

サクラはしり込みしています。

「ぼくの花は綺麗でとっても大切なのに雪の中で咲かせたらすぐに枯れてしまう」。

リンゴも

「僕はちゃんと甘くておいしい実をつけなくちゃいけないから、雪の中で花を咲かせるわけにはいかないよ」

と言います。他の草や木も同じでした。
そんなとき、梅の木が言いました。

「人々が困っているなら、僕が行きましょう。雪の中で花を咲かせて、春が近いことを人々に知らせてきます」。

すると神様が言いました。

「雪の中で花を咲かせると、お前の実は甘く熟れる前に落ちてしまうだろう。それでもいいか。それでも行ってくれるか」と。

梅は一言、

「行きます」

とこたえて、花を咲かせる支度を始めました。

梅は雪が積もっている中でも、お日様が出て暖かく感じられる日に花を咲かせることにしました。ところがその晩、雪の将軍が最後の意地を見せました。そのせいで猛烈な吹雪になったのです。そのようすを梅の木は恐ろしい思いをしながら見ていました。次の朝、吹雪は収まりましたが、梅の木は花の茎を長く伸ばすことができずに、こわごわと木に花をつけました。そこからは甘い香りが立ち上りました。それは人々が待ちに待った春の香りです。その匂いをかいで、人々はお祭りのように喜びました。そしてすぐに梅の木をさがしました。真っ白な雪の中で梅の花は木にしがみつくように花を咲かせ、それは本当に暖かい微かなピンク色をしていました。

人々は残った食べ物を皆で分け合い、暖かくなるのを待つことにしました。おかげで、誰一人犠牲になることなく春を迎えることができました。春になり種が蒔かれ、田畑には耕す人々の笑い声が絶えませんでした。何年も雪に覆われていた大地ですが、命の力は失われていませんでした。作物はすくすくと育ち始め、梅の木も葉を広げ実も少しずつ大きくなっていきました。

ところが、夏を迎えようとする頃、突然、梅の実が落ち始めました。甘く熟れる前に大地に落ちてしまうのです。一つ、また一つと次々に落ち、とうとう最後の一つも落ちてしまいました。これから夏だというのに、梅の木には実が一つも残りませんでした。

しかし、人々は春の訪れを知らせてくれた梅の木にとても感謝していて、梅の木のことを決して忘れはしませんでした。そこで落ちた実を一つ一つ集め、実が甘く熟れるために必要だったお日様の力をあげることにしたのです。お日様の当たるところに実を並べ、お日様の暖かさを注いだのです。それでも梅の実は甘くなることはできませんでした。反対にどんどん酸っぱくなっていきます。それでも、梅の実の中にある勇気は失われてはいませんでした。

そのことは、干した梅の実を口にするたびに、誰もが感じ取ることでしょう。

梅の話

2007年2月、森 章吾作