2015年6月9日火曜日

『農業講座』第5講、コーベルヴィッツ、1924年6月13日

肥料の正しい素材化


■05-01:生命領域に留まって肥料を改善する

昨日は雌牛の鞘角を用いた肥料の改良を取り上げましたが、これはもちろん施肥そのものの改良を意図しています。 もちろん施肥は行ない続けます。そして、今日お話するのは、そうした施肥にどのように向き合ったらよいかです。ただしそこでは、命あるものは命あるものの範囲内で保たれるはずであるという見解を持たなくてはなりません。

■05-02:近代では生命の洞察が失われた

成長という領域においては、エーテル的生命的なものが本来、決して失われてはならないことを見てきました。 それゆえ、次の認識を重視しました。 つまり土壌とは植物がそこから生育し、その根を取り巻くものですが、その土壌とは成長力が地中に連続的に入り込んだものであり、地中における植物的生命的なものそのものであり、ある種の生命を持つものであるという認識でした。 昨日はそれだけでなく次のことにも触れました。つまり、盛り土に腐植を加えて生命性を持たせたものと、樹皮やコルク状のものに取り巻かれた樹木とを連続的な変化として考えることができる点です。 近代においては自然の大きな関連についてあらゆる洞察が失われましたし、また失わなれる必要がありました。 ですから、このような時代にあっては、生命の連鎖についての次のような洞察が失われたのも当然です。 つまり、大地と植物成長は生命を共有していて、その生命が生物の排泄物の連続し、それが肥料として私たちの目の前にあり、さらにはこれらを包括する生命の諸力が作用する様子などが洞察されなくなったのです。 近代においては、こうした洞察はますます失われざるをえなかったのです。

■05-03:略奪農業にならざるをえない部分を補う

昨日の質疑応答で述べましたように、霊学は、ある種の狂信から、さまざまな生活分野における最新の成果に、馬鹿騒ぎ的革命的なもののように首を突っ込んだりはしません。 そうではなく、何が成し遂げられたかを完全に認識しようとしています。 ただ、こう表現してよろしければ、闘うべき相手は、完全に誤った前提に立っていいるもの、そして現代の物質主義的世界観に関連するものだけです。 そして、活き活きとした世界観を源とし、生活のさまざまな領域に流れ出てくるもので物質主義を補わなくていけないのです。 ですから、牛糞厩肥、液肥(尿)、堆肥からどのように肥料を作るかは、ここでは特には触れません。 こうした視点での肥料や液肥の作り方に関しては、すでに多種多様なことがあります。 この方面の事柄については、本日の午後に予定されている質疑応答で討議されるかもしれません。 さてここで私は次の見解が正しいことを前提にお話したいと思います。 つまり、農業とは本来、略奪農業にならざるをえないのです。 農場では生産物を世の中に送り出しますから、これによって、大地、さらには大気からも諸力を取り去っています。このように略奪農業にならざるをえないのです。 そして、これらの奪われた諸力は補われなくてはなりませんから、痩せてしまった大地を正しく活性化するために必要なもの含む肥料によって相応に対処しなくてはなりません。 ところが最近では、物質主義的世界観がしばしば判断を誤らせています。

■05-04:微生物で肥料は改良できない

第一点は、バクテリアや微生物がどのような作用を及ぼすかを丁寧に研究している点です。 そして、この微生物こそが肥料の成分構成を適正にする主体であると考えています。 肥料内でのバクテリアの振る舞いを見て、それを行なっていると見なしています。 これと関連して人は、実に才知にあふれ、非常に論理的に、しかしほとんどの場合で持続せず、有効でもないこと、つまり大地へのバクテリア接種実験を行なっています。 この考え方の基礎は、ある部屋にたくさんのハエがいるので、「ハエがこんなにいるから、部屋が汚いのだ」と言うのと同じです。 しかし、ハエがたくさんいるから部屋が汚いのではなく、部屋が汚いからハエがたくさんいるのです。 ですから、ハエは汚れを食べるはずだと考えてハエを増やしたい、あるいは別な理由で減らしたいと思い、いろいろと理論的に考えても部屋は決してきれいにはなりません。 この方法では大した成果はあがりません。それよりも即座に汚れと闘う方が成果が上がります。

■05-05:肥料微生物は一つの指標

動物の排世物を肥料に用いる場合、微生物は肥料物質中で何らかの過程が生じると現われます。つまり肥料物質が特定の状態にあるかを知るための非常に有用な指標を提供してくれるのです。 しかし、微生物の移植、培養、根絶には大きな意味はありません。 農業において重要な生命というものを巨視的に捉え、微生物であっても微視的な観方はできるだけ避ける方がよいのです。

■05-06:反論に留まらず対案を提示すること

しかし、事をどのように行なうかの適切な道筋を示せない場合には、当然ながらこうした主張はすべきではありません。 確かに私が言ったことは、すでに多方面で強く言われています。しかし、正しいことを知っているだけでは十分ではないのです。 ある間違いを否定することが正当であっても、肯定的な対案を出せないなら、その正しい見解からは何も生じないからです。 つまり、積極的な提案ができない場合、否定ばかりしても怒りを買うだけですので、控えるべきなのです。

■05-07:物質主義的無機肥料は《水》までにしか作用しない

二つ目は、物質主義的ニュアンスの観方に後押しされ、近年では肥料を無機化合物や元素で作ろうとばかりしている点です。 しかしその効果が一過性であることは、経験的に知られています。 次の点をしっかっり認識している必要があります。 つまり、鉱物化の方向で肥料の質を高めようとしても、液体的なもの、《水》にしか作用しませんが、植物の耕作をより高めるためには水の有機化、水の活性化だけでは不十分なのです。 土を通過し漏れてしまう水ではそれ以上に活性化は生じないからです。

■05-08:霊学では《地》を生命化する肥料を作る

大地を直接に活き活きさせなくてはなりません。しかしそれは、無機的なやり方では実現できず、生命的なものを用い、それを《地》に適った状態にし、固体である《地》それ自体を生命的で活き活きとさせるように作用できるようにしなくてはなりません。 肥料や液肥という物体に活性化の刺激を与えること、それこそが農業に伝えるべき霊学の課題です。このやり方を適用しますと、どのような肥料的物体に対しても、生命の領域に留まりながらそうした刺激を与えることができます。 いかなる領域においても霊学は、生命あるものの偉大な作用を見ようとし、細部を見ることや、細かいことや顕微鏡的なことから引き出された結論には目もくれません。なぜなら、それらには大した意味がないからです。 自然作用の大きなつながりというマクロコスモスの観察、これこそが霊学の役割なのです。 そのためには、当然、この自然作用の内部を見る必要があります。

■05-09:元素主義的肥料観(リービッヒ?)

さて、現代の農業文献でさまざまな形で目にする学説があります。……そしてこの学説は、経験則と思われています……。 「植物が生育する土壌では、窒素、リン、カリウム、塩素、さらには鉄が重要である。 さらにケイ酸、鉛、ヒ素、水銀、ナトリウムは植物成長を刺激する程度のものである。 これらは植物に刺激を与える」と言っています。

■05-10:元素的に考えても肥料は改善できない

このような学説を述べること自体、当人たちが暗中模索であることを示しています。 ただ人は、この学説にしたがって愚かなやり方で植物を扱ってはおらず、何らかの古い伝統にしたがっていることは救いです。 この学説に沿ってやることはできないのです。 それはなぜでしょうか。

■05-11:宇宙的関連からみた諸元素の振る舞い

現実の状況としては、ケイ酸、鉛、水銀、ヒ素は、人間がそれに対する配慮を欠いても偉大な自然は人間を見放しませんが、カリウム、石灰、リン酸では人間がきちんと配慮しませんと見放されてしまいます。 ケイ酸、鉛、水銀、ヒ素は天空が与えてくれます。天空は雨と共にそれらを自発的に与えてくれるのです。 しかし、リン酸、カリウム、石灰を大地に正しく保持させるには、大地に正しく施肥することで働きかけなくてはなりません。 これらは、天空が自発的に与えてはくれません。 そうでなくても、農業を続けるうちには大地は痩せうるのです。 私たちは大地を絶えず貧しくしています。 それゆえ、施肥が必要なのです。 多くの農場では実際にそのようになっていますが、しだいに肥料で十分に補完できなくなっている可能性があります。 すると略奪農業になります。 それで大地を絶えず貧しくしているのです。

■05-12:刺激作用が最重要

本来の自然プロセスが完全にきちんと完結できるように配慮しなくてはなりません。 つまり、いわゆる刺激作用が最も重要です。 不要と見なされている物質の中にも、微細な希釈度で地球全体を取り巻きつつ作用しているものがありますし、大地から得るものと同様に植物はそれらを必要としています。 ただ植物はそうした物質を、宇宙的広がりから吸い取っています。 水銀、ヒ素、ケイ酸は、まず土壌中に放射され、植物はそれを土壌中から吸収します。

■05-13:無計画な施肥が植物への微細な働きを妨げる

宇宙空間から植物が必要とするものが土壌へと放射されますが、それを妨げるようなことを私たちは土壌にしている可能性があります。 無計画な施肥を続けることで、大地の邪魔をしている可能性があるのです。 つまり、ケイ酸、鉛、水銀が非常に微細なホメオパシー的希釈度において発揮する効力を妨げ、宇宙空間からやって来る植物に取り込まるべきものを妨げ、炭素による植物の形態形成を助ける宇宙空間からの微細な希釈度のものを妨げ、植物が必要とし実際絶えず大地から得ているものを妨げている可能性があるのです。

■05-14:肥料に生きた力を付与する

ですから、昨日の私が話した方策だけでなく、さらなるやり方で肥料を正しく整える必要があります。 そしてここで重要なのは、植物成長を促すために必要と思われる物質を肥料に加えることではなく、肥料に生きた力を付与することです。 植物にとっては、単なる物質的な力よりも生きた力の方がずっと重要だからです。 何らかの物質を豊富に含む土壌を着々と作り上げても、植物がそれを取り込めなかったら植物成長には何の役にも立ちません。 ですから、土壌が含んでいる諸作用を植物が取り込めるように、その能力を施肥によって植物に与えるのです。 その点が問題なのです。

■05-15:リリ・コリスコによる微量要素の研究成果

生命に関係することでは、非常に微量なもので莫大な効果を上げることができますが、このことは今日、まったく知られていません。 しかしリリ・コリスコ博士による極微量な実質の作用に関する研究によって、それまでホメオパティーにおいて暗中模索であった事柄が、輝かしいばかりの仕方で学問的に基礎づけられました。 そして、微量実質や微量なものの中には生命界で使われうる放射的な諸力が含まれていて、その方射的な諸力がその研究以来、極微量のものを適切に扱うことによって解放できるようになりました。

■05-16:極微量のものを肥料に用いる

さて肥料においては、こうした極微量のものをそれほど難しくなく適用できます。 私たちは次のようなことを見てきました。 つまり、施肥の前後いずれかに牛角糞プレパラートによってしっかりと手を加えますと、それによって施肥に力として付加されるべきものを付加することになります。そうして私たちは、この微量的ではない方の施肥を、正しい方法で本来の場にもたらし、その働きを助けるのです。 しかしまだ、さまざまな方法を試みる必要があります。 それは、真の命を肥料に与えるためであり、窒素等々の物質の必要量を肥料自身が取り込むようにする安定性を肥料に与えるためであり、大地に相応の生命性を付け加えられる命への指向性を肥料に与えるためであるのです。 今日はその方向性で、牛角糞だけでなく、極微量で肥料に命を与えるものについてお話しします。 つまり、肥料に命を与え、今度はその与えらえた命が、植物成長の母体である大地の生命性へと移行できるようにするのです。

■05-17:プレパラートに使う材料の一つは代用不可

これに関連していくつかの品目を挙げますが、それらが手に入りにくい地域でも、その多くが他のもので代用可能であることを強調しておきます。 ただ一例だけ、同じ働きの代用植物が見つからないものがあります。

■05-18:カリウム成分を有効に作用させる

私が紹介した内容にしたがえば、外界に由来する生体内の炭素、酸素、窒素、水素、イオウといった物質は他の元素、つまりカリウムと結びついていることがわかります。 植物が成長のために必要とするカリウム塩の量については少しはわかっていて、カリウムないしカリウム塩は多くの場合、植物の骨組みや固めで茎的な部分で植物成長に影響し、カリウム成分が多いと成長が抑制されます。 そしてここで問題になるのは、土壌と植物の間で生じることの範囲に留まりつつ、カリウム成分を次のように加工することです。つまり、本来の植物体である植物のタンパク質成分に対し、カリウム成分が有機的プロセスにおいて正しく振る舞えるようにしてやるのです。 そのためには次のようにすればよいでしょう。

■05-19:ノコギリソウの超感覚的特徴

これには、ヨーロッパでは一般的に見られるノコギリソウを用います。 これが手に入らない地方では、乾燥物でもまったく同様に使えます。 ノコギリソウは、……本来すべての植物がそうなのですが……、奇跡の産物です。それでも、他の花を見て、再びノコギリソウを見返しますと、ノコギリソウが非常に特別な奇跡の産物であることが感じ取られます。 以前にも話しましたが、ノコギリソウの内には、霊性が指先を使って炭素や窒素などさまざまなものを生体内の相応の場所に向けて分配する何かがあります。 ノコギリソウの自然界での位置を見ますと、何らかの植物創造主がノコギリソウでお手本を作ったかのようです。つまり、正しいやり方でイオウを他の植物成分に対して正しい関係に導くお手本です。 ノコギリソウはイオウを完璧に使いこなしていて、自然聖霊たちですら他の植物ではこの域に到達させることができないとすら言えるでしょう。 ノコギリソウの動物や人間への薬効、つまりそれが生体内に正しく導き入れられれば、弱ったアストラル体の箇所をバランスを取りつつ良好にすることができることをご存じでしたら、植物成長という自然プロセス全体でのノコギリソウ的なものを辿ることができます。 道端や穀物やジャガイモの畑の縁にノコギリソウが自生しているだけで、非常によい効果があります。 ノコギリソウは駆除しない方がよいでしょう。 ノコギリソウは害になることはありませんが、邪魔にはなりえますから、もちろん邪魔な場所には生育しないようにした方がよいでしょう。 けれども、好感的な人の多くが、口数は少なくても、ただそこに居るだけでグループ内に何らかの作用を及ぼすように、ノコギリソウがたくさん生えているところでは、その存在自体が非常によい働きをしています。

■05-20:ノコギリソウ・プレパラートの作り方

さて、ノコギリソウを使って次のようにできます。 薬用にするときとまったく同様に、上方の傘形の散房花序を取ります。 生の植物の場合、できるだけ新鮮な状態で摘みとり、それを短時間だけ乾かします。 それほどしっかりと乾かす必要はありません。 もし生のノコギリソウが手に入らず乾燥したものしか手に入らない場合には、用いる前に乾燥した葉を煮出し、搾った液体を少量、花に注ぎます。 …… ご覧の通り、ここでも命の領域にとどまっていますが……、一握りから二握りのノコギリソウを取り、やや強く押しつぶし、これをシカの膀胱で包み、それを結び閉じます。 すると、シカの膀胱にかなり一杯になったノコギリソウの固まりができます。 このノコギリソウの塊を、夏の日差しができるだけ多く当たる場所に吊します。 秋になったらそれを降ろし、冬の間、地面のさほど深くないところに埋めます。 つまりシカの膀胱内のノコギリソウの花を……果実が付いたものでもかまいません……、一度は地面の上方、一度は地中の作用にさらします。 すると、これが冬の間に非常に独特の成分になったことがわかるでしょう。

■05-21:ノコギリソウ・プレパラートの肥料への作用

……こうなればノコギリソウを好きなだけ長い期間保存できます……。この膀胱から取り出したものを、家くらいの大きさのものでも構いませんが、堆肥の山に加え、その中に分散させます。ただし、そんなに丁寧に混ぜる必要はなく、分散させれば、それからの放射が作用します。 非常に強い放射の力を含んでいます。放射の力については、ラジウムなどについて語っている物質主義者も信じるでしょう。それを中に入れるだけで多量の厩肥、液肥(尿肥)、堆肥に作用します。

■05-22:ノコギリソウ・プレパラートの作用について

通常の肥料づくりにこのやり方を加えますと、このノコギリソウから得られた物質が作用し、肥料が実際に活き活き活性化され、通常なら略奪農業になってしまうものを改善することができます。 大地を活性化させる能力、遠い宇宙から地球にやって来るホメオパシー的希釈度のケイ酸、鉛などを取り込む能力を、肥料に取り戻させます。 これについては、農業サークルの会員が実験をしてみなくてはなりませんが、上手くいくことは間違いないでしょう。

■05-23:事柄の洞察が重要

洞察なしではなく、洞察を持って仕事にあたらなくてはいけませんから、次のような問いが生まれるでしょう。 ノコギリソウでは、ホメオパティー的希釈度のイオウがまさにお手本的にカリウムと結びついていて、ノコギリソウ自体から素晴らしい作用が生じ、大きな塊すらを越えて放射する能力を持ち、作用することはすでに知りました。 しかし、なぜ鹿の膀胱の中に詰めるのでしょうか。

■05-24:シカの膀胱について

これは、膀胱との関連で生起するプロセス全体の洞察と関係します。 シカは地球と関連する以上に、地球を取りまく宇宙的なものと密接に関連しています。 それゆえシカは枝角を持ちますし、その役割については昨日お話ししました。 さて、ノコギリソウの中のものは、人間や動物の生体内では、特に腎臓と膀胱の間で展開されるプロセスによって保存され、さらにこのプロセスは膀胱の物質的性質に左右されます。 シカの膀胱は物質としては薄くても(薄い膜でも)、諸力としては、内側と関係していたウシとはまったく違い、外のコスモス的諸力と関係していています。シカの膀胱はほとんど宇宙の写しです。 ノコギリソウには他の物質にイオウを結合させる諸力がありましたが、シカの膀胱はその諸力を根本的に高める可能性をノコギリソウに与えるのです。 ノコギリソウをここで述べたように加工しますと、死んだ領域には入らずに生きた領域にとどまりながら、肥料を根本的に改良できるのです。 この点が重要です。

■05-25:カルシウム作用を捉えるには

別な例を挙げましょう。 肥料に十分な生命を与え、その生命を肥料から大地に移行させ、その大地の生命によって植物を成長させる可能性を肥料に与えようとするなら、カリウム、カルシウム、石灰以外にも、植物成長に必須な諸物質を肥料に結びつけることが重要になってきます。 ノコギリソウは主にカリウム作用と関連するものを持ちます。 カルシウム作用も捉えようとする場合には別な植物を使います。 ノコギリソウほど感動的ではありませんが、ホメオパティー的希釈度でイオウを含み、そのイオウを起点として植物に必須な他の物質を引き寄せ、有機的プロセスに取り込む植物です。 それはカミツレ(Chamomilla officinalis)です。

■05-26:カミツレはカルシウム形成プロセスに関連

カミツレの特徴はカリウムやカルシウムをしっかり持つ点にあると簡単に言ってはいけません。 むしろこう言えます。ノコギリソウは、特にカリウム形成プロセスにおいて自身が持つイオウの力を展開させると。 ノコギリソウはカリウムを加工するためにまさに必要量のイオウを含んでいます。 しかしカミツレはそれに加えてカルシウムも加工し、植物から有害な結実作用を排除し、植物を健康に保つのに役立つのに役立つのです。 カミツレも若干のイオウを含んでいるのは素晴らしいことですが、カルシウムを加工する必要があるので、その量はノコギリソウとは違っています。 この点も研究の必要があります。 このように、霊学から出発するものは、常に大きな関連、言わばミクロコスモス的ではなくマクロコスモス的な関連に向かいます。

■05-27:カミツレはウシの腸に

さて、カミツレの摂取に伴う人間や動物の生体内でのプロセスを辿らなくてはなりません。 カミツレの摂取によって人体内や動物体内で生起する事柄に対し、膀胱はほとんど何の意味も持ちませんが、腸壁の物質はより重要な意味を持っています。 ですからノコギリソウと同様にカミツレを利用するには、カミツレの美しい白と黄色の花冠を摘み取り、ノコギリソウの傘状の花と同じように加工すればよいのですが、この場合には膀胱ではなくウシの腸に入れます。

■05-28:カミツレ・プレパラートの作り方

ここでも、素晴らしいもの、しかも大した手もかからず、素晴らしいものができます。 ここでは普通よく行なわれているソーセージ(腸詰め)を作る代わりに、カミツレから取った花をウシの腸に詰めます。 このような方法で、ここでも生きたものの範疇にとどまりながら、自然の作用を正しいやり方で作用させるだけで何かができあがるのです。 ここで重要なのは、このカミツレのソーセージをできるだけ《地》に近い生命的なものを作用させる点です。 そこで、この本当に貴重なソーセージを可能な限り腐植質の多い土のそれほど深くないところに埋め、一冬を越させます。その場所を選ぶに当たっては、雪が長く残り、その残雪を太陽がよく照らし、埋めたソーセージに宇宙的アストラル的作用ができるだけ多く及ぶところがよいでしょう。

■05-29:カミツレ・プレパラートは窒素を安定させる

春になってこのカミツレのソーセージを取り出し、ノコギリソウの場合と同じように保存し、堆肥に加えます。 するとこの肥料は、通常の肥料よりも窒素が安定していて、さらに大地を活性化し、植物成長をきわめて活発にすることがわかります。 この肥料を用いますと、用いない場合に比べ、より健康な植物を育成できます。

■05-30:普通ではないことも囚われなく見る

これらすべては、現在では正気の沙汰とは思われないはずですし、それは私も承知しています。 しかし、人々が正気の沙汰とは思わなかったものが、数年後には実現されることもあると考えてみてください。 スイスの新聞を読んでみるだけでよいでしょう。 登山鉄道の建設計画を見たとき、人びとは呆れ返りました。 しかしさほど時を経ずして登山鉄道は実現し、その考案者が愚か者と言われたことなどすぐに忘れられてしまいました。 重要なのは、先入観を排することです。 さて前にも述べましたように、これらの植物が身近に手に入りにくい場合には、他の植物でも代用は可能ですが、それよりはこれらの乾燥物を用います。

■05-31:イラクサは代用できない

肥料に良い作用を及ぼすこれら以外の植物で、代用できないものがあります。 人々は好きな植物は愛でますが、この植物は好みません。愛でたり、撫でたりしたがらないのです。 イラクサです。 イラクサは事実として、植物成長に対する最高の功労者で、他の植物で代用することはできません。 イラクサが手に入らない地域では、乾燥物で代用するしかありません。 しかしイラクサは実際に世界中のどこでも生育しますし、非常に大量にあるかもしれません。 いたるところで霊性を適正に導き加工するもの、前に述べたように重要な意味を持つもの、つまりイオウをイラクサも含んでいます。 イラクサの放射にはカリウムとカルシウムが含まれるほか、ある種の鉄放射もしています。 その有効性は、私たちの血液中の鉄放射とほぼ同等です。 イラクサは、野に生えますとしばしば嫌われますが、その善良性からすればそれはまったく不当です。 イラクサの持つ自然界での偉大な内的作用や内的機構は、人間生体における心臓の役割と似ていますので、もし人間に生えるとしたら、イラクサは心臓付近に生えるはずです。 イラクサは第一に素晴らしい働きをしてくれます。 伯爵、少しだけこの地方の状況にひきつけて話させてください。 つまり、土壌から鉄分を除去する必要がある場合に、邪魔にならない場所にイラクサを植えるのです。 するとこれは鉄を好み、鉄を自らに引き付けますので、特別なやり方で地面の表層部を鉄の作用から解放することができます。 鉄そのものが除去されるのではないにしても、植物への鉄作用は抑えられるのです。 ですからこの地方では、イラクサを植えることには特別な意味があるはずです。 これはちょっとした寄り道でした。 イラクサが生えているというだけで、その周辺の植物成長に意味があることに注目していただきたかったのです。

■05-32:イラクサ・プレパラートの作り方

さて肥料の改良のために、手に入るだけのイラクサを採り、それを少し萎れさせ、やや圧縮してまとめます。 今度はシカの膀胱やウシの腸は用いず、直接、土に埋めます。 その際、乾燥ピートなどで薄く巻き、イラクサが直接の《地》の領域に触れないようにします。 これをそのまま地中に埋めますが、これを掘り起こすときに土ばかりを掘り出さないように、場所をよく覚えておいてください。 これを冬、そして夏を越させますと……一年、埋めておく必要があります……、非常に強力な作用を持つ物質が得られます。

■05-33:イラクサ・プレパラートの肥料への作用

前に述べてきたのと同じやり方でこれを堆肥に加えますと、肥料の内的知覚能力が高まり、あたかも理性的になったかのように、不当な分解や、不当な窒素放出などを防ぎます。 イラクサから得た成分を付加すると、肥料を理性的にでき、さらにはそれが施肥される大地も理性的にするように働きかけ、そこで栽培しようとしている植物に対し、その個に応じた個別的な作用をするようになります。 Urtica dioicaの添加による作用とは、まさに大地の《徹底した理性化》なのです。

■05-34:現代の肥料は農産物の栄養力を劣化させている

今日の肥料改良法は、表面的には驚くべき効果をあげているように見えますが、素晴らししき農産物を、しだいに胃袋を満たすだけのものにしています。 それらはもはや真の栄養力を持たないでしょう。 大きくて見栄えの立派なもので人を騙すのではなく、真の栄養力を持つものが重要なのです。

■05-35:施肥による植物病の改善

さて、農業において発生する植物の病気も取り上げられます。 ここでは、一般論を述べようと思います。 今日ではあらゆる事柄を専門化し、個々の病気を個別に語ります。 学問的には、それぞれの病気の状態を知らなくてはいけませんし、このやり方は完全に正当です。 しかし医者としては、病態の正確な描写能力はあまり有用ではなく、重要なのは治療能力です。 病気の治療には、現行の病態描写とはまったく異なる観点が必要です。 今日の生理学や生理化学の法則に沿って生体内で起きていることを正確に知り、病気の特徴を完壁なまでに記述できるかもしれませんが、それでは病気は治せません。 組織学的観察や顕微鏡観察では治療はできず、治療のためには大きな関連から観なくてはなりません。 植物界でもこれとまったく同じことが言えます。 こうした観点からすれば、植物の性質は動物や人間より単純ですので、治療も単純で、いわばより一般的な経過をたどりますので、植物ではより包括的な治療薬をつかえます。 それができませんと、植物界で私たちは難しい立場に追い込まれるでしょう。 人間の治療ではこうした難しい立場にはなりませんが、動物の治療ではしばしば問題になります。……動物の治療については、後で述べます……。 人間は自分の苦しみを言葉で表現できます。 動物や植物はそれができません。 しかしそれゆえに、治療がより一般的に推移するのです。 すべてではないにしろ、大多数の植物病は、発見すれば、ただちに合理的な肥料で改善できます。 それは次のような方法で行ないます。

■05-36:生きたカルシウムによる植物病の改善

まず施肥を介して大地にカルシウムを与える必要があります。 しかしカルシウムを生きたもので覆って大地に投与しても役には立たず、治療的に作用させたいのなら、カルシウムを生きた領域にとどまらせなくてはなりません。 生命領域から落ちてしまってはいけません。 ですから、通常の石灰等は使えません。

■05-37:オークの生きたカルシウム

灰分の77%という多量のカルシウムを含み、しかも繊細な結合をしている植物があります。 オーク(ヨーロッパミズナラ)です。 特にオークの樹皮は、植物的なものと命ある《地》的なものの中間産物で、前に述べましたように、生きた《地》と樹皮の持つ類縁関係を典型的に示しています。 カルシウムとして自然界に現われるもののなかでは、オークの樹皮にあるカルシウム構造は最も理想的です。 これが私が述べてきた、死んだ領域ではなく、……死んだカルシウムはでも作用はしますが……、生きた状態に留まったカルシウムです。 エーテル体の作用が強すぎ、何らかの生きたものにアストラルが入り込めないときに、カルシウムは秩序をもたらします。 エーテル体を殺すか、抑えるかして、アストラル体の作用を解放します。 この作用はどの石灰にもあります。 膨れあがるエーテル性を収束させますが、その際に、有機体にショックを与えるような仕方ではなく真に規則性を保ちながら収束させようとするなら、オークの樹皮に見られるこの構造のカルシウムを用いなくてはなりません。

■05-38:オーク・プレパラートの作り方

容易に集められるくらいのオークの樹皮を集めます。 簡単に集められるくらいでよく、大量には必要ありません。 集めましたら、細かく砕き、パン屑のような感じにします。 次に、何らかの動物の頭蓋骨を用意しますが、どの家畜でも大差はありません。 この頭蓋骨に細かく砕いたオークの樹皮を詰め、できれば何らかの骨の塊で栓をしてそんなに深くない地中に埋め、上に乾燥ミズゴケを敷き、さらに樋などでできるだけ多くの雨水を導き入れるようにします。 また次のようにしてもいいでしょう。 雨水が流入流出できる桶を用意し、植物性の泥がいつでも保たれるように植物性の素材を入れます。 この植物性の泥の中に、砕いたオークの樹皮を詰めた頭蓋骨を置きます。 これで冬を越させます。雪解け水も雨水と同様に適切です。 可能であれば、秋と冬を越させる必要があります。

■05-39:オーク・プレパラートの肥料への作用

こうして得られたものを肥料に加えますと、有害な植物の病気と予防的に闘う力が肥料に与えられます。 これで肥料に四種類のものを加えました。 これらには当然何らかの労働を伴いますが、考えればすぐにわかるとおり、農学実験室で行なわれ、お金もかかるくだらない仕事よりもずっと軽微な仕事です。 ここで述べてきたものの方が国民経済からみてもより良いことがわかるでしょう。

■05-40:ケイ酸に作用するもの

さてここでさらに必要なのは、ケイ酸を正しい仕方で全宇宙から引きよせてくるものです。 ケイ酸は植物に不可欠だからです。 しかしまさにこのケイ酸を摂取する力存在を、大地は時の経過と共に失っています。 この力存在はゆっくりと失われますから、人はそれに気づきません。 マクロコスモス的なものは見ず、まさに顕微鏡的なものだけしか見ない人々は、植物成長にとってケイ酸は無意味だと思っていますから、ケイ酸の消失など気にしないのです。 しかし、ケイ酸は植物成長にとって最も重要です。 人は、こうした事柄は少しは知っていなくてはなりません。 現代の学者たちは、少し前まで見られた混乱は見せないでしょう。 なぜなら、何の当惑もなく元素の転換ということが言われているからです。 あらゆる元素を観察することで、この点では物質主義という猛獣が飼い馴らされているのです。

■05-41:生体プロセスにおける元素の転換

しかし、絶えず私たちの周りで生起しているある種の事柄は、まったく知られていません。 そうした事柄が少しでも知られれば、私が述べたような事柄もより容易に信じられるはずです。 現代的な思考法に毒された人が、「肥料の窒素分を増やす方法は何も言っていないではないか」と言うであろうことはよく承知しています。 ところがノコギリソウ、カミツレ、イラクサ等について語る中で、私はこの問いに答え続けていたのです。 なぜなら、有機的プロセスには隠された錬金術があり、たとえばカリウムが生体内で正しく作用しますと、窒素に置き換わりますし、石灰でさえ正しく作用すれば、本当に窒素に置き換わるのです。 ご存知のように、植物成長においてはすでに述べた四元素があり、イオウの他に水素もあります。 水素の重要性については述べました(第3講参照)。 石灰と水素の質的な相互関係は、空気中の酸素と窒素との質的関係と似ています。 外面的な化学定量分析でも、空気中の酸素と窒素との関係と、有機体プロセス内の石灰と水素との関係の二つが類似する点はわかります。 水素の影響下では、石灰とカリウムは窒素的なものに変化し、最終的には本当の窒素に変換します。 こうしたやり方で発生しうる窒素は、植物成長に非常に有用ですが、そのためには今述べた方法でそれを作り出す必要があります。

■05-42:ケイ酸と関係するタンポポ

ケイ酸はケイ素を含んでいます。 このケイ素も有機体内で非常に重要な物質、現在の化学ではまだ知られていない物質に転換しますし、ケイ酸は宇宙的なものを引き込むために必要です。 そして植物内では、ケイ酸とカリウム(カルシウムではありません)の間に正しい相互作用が生じなくてはなりません。 施肥によってこの正しい相互関係を作り出す方向でも大地を活性化する必要があります。 ここでまた、カリウムとケイ酸との関係に独特のつながりを持ち、肥料にホメオパティー的な希釈度で加えることで相応の力を与える能力を持つ植物を探し出す必要があります。 実際、そうした植物は見つかります。 この植物も、農場内のどこかに生えているというだけで効果があります。 タンポポ(Taraxacum)です。 黄無垢なタンポポは、その生えている地域にとって非常に大きな恩恵です。 宇宙にホメオパティー的希釈度で広がっているケイ酸と、その地域全体でケイ酸として必要とされるものを仲介するのがタンポポだからです。 タンポポは本当に天の使いの一人です。 しかし、肥料中で効果を発揮させるためには、タンポポを適切な形で使用しなくてはなりません。 そこで、当然ながらタンポポにも冬期の大地を作用させなくてはなりません。 つまりタンポポも他の植物と同様に加工することで周囲の宇宙的諸力を得るようにするのです。

■05-43:タンポポ・プレパラートの作り方

タンポポの黄色いボタンを集め、少し萎れさせ、押し固め、牛の腸間膜で縫い包み、一冬を地中で越させます。 春にこの玉を掘り出しますが、これは完全に宇宙的作用に浸されています。これはまた、必要な時まで保存できます。 こうして得られた物質を他と同様に堆肥に加えますと、この堆肥は植物が必要とするだけのケイ酸を大気中や宇宙から引き寄せる能力を大地に与えます。 こうして植物は、その周囲で作用しているものに対しる知覚能力を持ち、自分が必要とするものを引き付けます。

■05-44:ケイ酸は植物にある種の知覚能力を与える

植物が真に成長できるためには、ある種の知覚能力が必要だからです。 ぼんやりした子どもの前を私が通っても、その子はそれに気づかないでしょう。 それと同様に、地中でも地上でもぼんやりした植物のそばに何かがあってもその植物は気づかないでしょうし、それらを成長のために使うこともないでしょう。 しかし上述のやり方で植物が非常に繊細にケイ酸に満たされ、活性化されますと、あらゆるものに対し植物は知覚能力を持ち、自分に引き付けます。 植物を取り巻く非常に近い領域だけから必要なものを引き付けるようにするのはとても簡単です。 しかしそれは当然よくありません。 私が述べたやり方で土壌に手を加えますと、植物は広い範囲からいろいろな物を引き付けられるようになります。 圃場にあるものだけではなく、必要であれば隣接する草原の地中に含まれるものも、その植物に役立つかもしれません。 植物が内的に知覚能力を持ちますと、近隣の森の土壌にあるものもその植物に役立ちうるでしょう。 タンポポを用いてこうしたやり方で植物に力を与えると、自然の中にある相互作用を導き入れることができるのです。

■05-45:5つの肥料改良プレパラート

この五つの添加物あるいはその代用物を、今述べたように加えて肥料を作ってみるべきではないかと思っています。 未来の肥料とは、馬鹿げた化学的方法で作られる代わりに、ノコギリソウ、カミツレ、イラクサ、オークの樹皮、タンポポによって手を加えられるべきものです。 こうした肥料は、必要とされるものを実際に多く含みます。

■05-46:カノコソウの絞り汁

こうして準備した肥料を使用する前に、もう一手間をかけます。 カノコソウ(Valeriana officinalis)の花を摘み、その絞り汁を非常に薄く希釈します。これはいつでも作れますし、また保存もでき、必要なときにぬるま湯で薄めればよいでしょう。 この非常に薄いカノコソウの汁をごくわずか肥料に加えますと、肥料がリンと呼ばれる物質に対して正しく振る舞まえるように肥料を刺激することができます。 この六つの添加物によって、液肥、厩肥、堆肥のいずれでも、非常に優れた肥料を作ることができます。


























































































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